小説

『恥の心』伊藤祥太(『恥』太宰治)

十月十三日

 突然のお手紙失礼いたします。私は水沢桜先生の大ファンです。
 水沢先生の作品を初めて手に取ったのは、確か去年の今頃のことでした。とても寒い日だったことをよく覚えています。僕は受験参考書を買うために書店へ行ったのですが、あまり気が乗らず、文庫本のコーナーをぼんやりしながらうろついていました。本を読むのはどちらかといえば苦手な方でしたが、本の表紙を見るのは好きでした。ですから、平積みになっている本の表紙を全て見て回ろうと思ったのです。そうしてぶらぶらしているうちに、先生の本を見つけました。『桃色ラプソディー』です。タイトルに惹かれた私は、その本を手に取ってみました。一行目を読んだ瞬間に、これは僕の世界を変えてくれる本なのだという確信を抱きました。すぐさまレジへ飛んで行き、帰って貪るように読みました。夜を徹して読みました。朝の雀が鳴く声を聞きながら『桃色ラプソディー』を閉じた時の温かな幸福感、今でも忘れることができません。その後、七回読みました。
 それから先生の作品を次々と手に取り、今では全ての本を読み尽くしたかと思います。そして、私は一つの確信に至ったのです。先生はこの世で最も清廉潔白で、夢見がちなお方である、と。きっと眉目麗しい女性に違いありません。先生はもう二十五歳になるというのに、こんなに可憐で純粋な恋愛小説をお書きになる。これは才能の為せる業です。天性のものです。生まれながらにして心が綺麗な人じゃないと、こんな話は書けるものじゃありません。私は男ですが、「もしも自分がこんな女性であれば……」などと嫉妬心を抱いてしまいます。それはきっと、私以外の多くの読者も考えていることでしょう。男である私がこれほど激しい嫉妬の炎を燃やすのですから、女性読者はどんなに苦しい思いをしていることでしょうか。純粋でない人が純粋になることは、どうしたってできないのです。
 しかし、私は先生が羨ましくある反面、心配でもあります。先生が悪い男に引っかかるのが、心配でたまらないのです。世の中の男はみんな狼です。草しか食べないような容貌でも、時には肉食獣に変身するのです。それは私とて例外ではないでしょう。だからこそ、分かるのです。私はあなたに忠告します。どんなにイケメンでも、どんなに優しそうに見える男でも、心の中には必ず野蛮な猛獣が潜んでいます。それは、男の方ではどうしようもないことなのです。ですから、くれぐれも男には気を付けてください。水沢先生のようなお方は、すぐ悪い男に騙されそうな気がして仕方ありません。ああ、心配だ!
 私は、私の中に獰猛な猿が住んでいることを知っています。ですから、万が一を考えて、私の素性は明かさないでおくことにします。こんなことは気障だと分かって言うのですが、これしきのことで、私を好きになることがないようにお願いいたします。私も水沢先生と面と向かって話をすれば、どんな風に変貌するか分からない。
 ファンレターのつもりが、警告文になってしまいましたね。しかし、作品を読みながらいつも心配しているファンの気持ちも、分かっていただきたいと思います。
 それでは、お元気で。

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