小説

『走ってるんだよな? お前』川月周(『走れメロス』太宰治)

 確かに、会えば絶対に盛り上がるし話も尽きないのだが、放浪ばっかしていた締口とは大学卒業後そこまで会わなかったし、何より親友をこういう風に扱うって俺の中ではありえない。友人にはなるべく迷惑かけたくないと思うのが友人だ。と言うのが持論。そんなの水臭いとか言う奴は自分が迷惑かけたいだけのカスだ。と言う見解で締口とも同意した。
「やっぱりメロスとは違うんだな。事実は小説よりも奇なりとは言うけどよ。じゃあ兄ちゃんは何であいつを待ってんだ?」
 こいつはどうやら走れメロスとこの現状をリンクさせたいらしい。だが、おあいにく様。現実は小説のようにはいかない。俺はあいつを待っているのではなく待たされているのだ。
 自分から志願してこうなった訳ではない。勝手に決められたのだ。
 ……ん?
 そう言えば、メロスの親友って勝手に人質にされたってこいつが言っていたような。あれ?
 ちょっと……一緒じゃないか。状況は。今、俺が置かれている状況だけはまるで同じじゃないかこれ。
 顔を上げる。男は俺と目が合うとニタッと笑った。
「ようやく顔あげたな」
「あんた……ホントは知っているんじゃないか? 走れメロスの結末」
「ようやく口も開いたか。ふん。知らねーよ結末は……な」
「じゃあ知っている事を話せ」
「ただじゃあダメだ。ん? なんだ? 不安になって来ちゃったのか?」
「不安とかじゃない。ただ気になるだけだ。俺も知っている事を話す。そして今がどれだけリンクしているかも正直に話そう。それでどうだ?」
 男はまた笑った。
「いいだろう」
 良い暇つぶしになりそうだな。と呟くとまた煙草に火を点けた。
「まずメロスってのは確か王様に背いた筈なんだ」
「そうだったな。確か王様があくどい奴で殺そうとするんだ……でも」
「失敗。そして猶予をくれと懇願する。だったかな」
「妹の為だろ?」
「そうだそうだ。妹の結婚式の為に戻るんだ。それで身代わりに親友を置いていった」
「勝手に指名して……か」
 やはりここは引っかかる。今とリンクしているのがすごく嫌だった。
「それでまぁ結婚式を挙げて戻るんだよ」
「それで一度諦める。理由は?」
 ここも大事だ。一体何があって自分で勝手に指名して人質となった親友の命を諦めたと言うんだメロスよ。
「あー。確か……道が渡れなかったんじゃねぇか?」
「そうか! 雨が降って川の激流で橋が壊れてたんだ!」
「そうだそうだ! それで諦めたんだ!」
 男は手を叩いて笑い転げる。何ともリアルな理由というか原因だ。渡る術もなく、やむなく諦めたのかメロス。でも、ならば安心だ。昨日は雨どころか星が綺麗な夜だったし、今日も晴天だ。梅雨も明けて暑くなって来た空の青はどこまでも突き抜けていく。こんな日にこんな事になっているなんて勿体ない本当に。

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