小説

『走ってるんだよな? お前』川月周(『走れメロス』太宰治)

 ……って。初夏、満天の星だったんじゃないか? 昨日は。
「なぁ初夏、満天の星であるってフレーズあったよな?」
 一応、確認を取ってみる。もしかしたら別作品の可能性も捨てきれない。
「あぁ? なんだそれ? そりゃ覚えてねーな」
「全く。名文だと言うのに……って事は別の作品なのか……」
 ふと疑問がわいて来る。初夏の話はもうどうでも良い。結末は間に合わなかったとしよう。だが。
「これって名作か?」
「あぁ? 何だいきなり」
「いや、だからこれじゃ何で名作なのかわからなくないか?」
「悲しい結末の物語なんていくらでもあるだろうよ。シェイクスピアとか」
「何か、見かけによらず良く知ってるんだな……ってそれは良いんだ。そうじゃない。親友を殺させない為に走った。そこまでは良い。ただ、諦めた理由が川の氾濫じゃ安易すぎないか? って言っているんだ」
「そりゃ……そうだけどよ。文が綺麗とか色々あるじゃねーか。何も全部が全部どんでん返しだとかを必要としている訳じゃねーだろ」
「それも一理ある。でも、教材になっているんだぞ? 昔からずっと。それってやっぱり学べる事があるって事なんだよこの作品から。でも結末がこれじゃ何を学べる?」
「自然は恐ろしい。とかか?」
「それを国語で学んでどうする。やっぱり何かあるはずだ。あるはずなんだ……何か他に覚えている事はないか?」
「他って言われてもなぁ……ん? そういや盗賊とか出て来なかったか? 道中で何か襲われて足止め食らった気がしたんだが……」
「あった! 王様の差し金のやつだ! ほらみろ。やっぱりあったじゃないか続きが」
「でもそれが川の後とは限らないぜ?」
「なるほどな。確かに川の前での出来事なら盗賊を倒してようやく前に進めたのに更なる災難によって阻まれてしまった。って事になるだろうな。だが、やはり名作って部分を考えるとそれじゃ弱い。やはりここは川の後だと考えて進めるのが無難だと思う」
「おいおい。何だか話が飛んで来たぞ」
「仕方がないだろ。記憶がチグハグなんだ。もう仮説を立てて行くしかない。納得のいく名作になるまで」
「途方もねぇ暇つぶしだな。それ考えられたら小説家になれんじゃねーか?」
 ブツブツと文句を漏らしながらも男はどうやら気分が乗って来たようで、俺よりも数倍の量のストーリーを考え出した。
 俺達は作品に没頭した。
 メロスはどうなったのか、どうなるのが名作として優れているのか。ハッピーエンドとバッドエンンドの名作比率からしてやはりバッドエンド説が有力だった。
 メロスは川を何とか越えて盗賊も倒すが、親友は殺されてしまう。ならばその先は? メロスはその後どうなったのか。これが肝心だ。やはり主役の行動が物を言う。
 やはり親友が殺された後にそこへ着いて絶望に打ちひしがれるのが絶望を際立たせるだろうと見解は一致した。だが、そこでメロスがどうするのか。

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