「ああ。本当だ」
「兄貴。これ嘘っすよ。俺分かります。これ嘘っす」
お前は黙ってろ。と若い男の頬を軽く叩いてスーツの男は締口に顔を近づけた。
「何時だ。明日の何時に払う」
「夕方の六時には払える筈だ」
それから二人はただ黙ってお互いをにらみ合っていた。するとスーツの男はフッと鼻で笑った後、立ち上がり俺を指差した。
「よしわかった。それならこいつをうちで預からせてもらう。お前が夕方六時までに払いにくればこいつは解放するが、もし間に合わなければお前の代わりにこいつに生命保険かける事になる。それでいいな」
締口は一度俺に目配せした後、コクンと頷いた。
俺はこの時初めて知った。
自分の運命は必ずしも自分が決められる訳ではないと言う事を。
生命保険をかける。の意味は流石にすぐ理解出来た。だが、実感は湧かなかった。ついさっきまで旧知の仲の友人と酒盛りしていただけなのに今、俺は一歩間違えば殺されるという状況に陥っている。何もかもが非現実的だった。
そのまま俺と締口は車で奴らの事務所まで連れ去られ、明け方に締口は外へ出て行ってしまった。
「すまん」
そう頭を下げて出て行った締口に頷いたものの、俺はその言葉のせいでようやくこれが現実なのだと理解出来てしまった。
そして今は午前九時。タイムリミットまで後、九時間。
俺の頭の中を締口の言葉がグルグルと回る。
何で「すまん」だっただろう。「恩に着る」とか「ありがとう」とかだったらこんなに変に勘ぐらなくて済んだ筈なのに。大方「巻き込んでしまってすまん」の意味だったのだろうが、「すまん」だけではハッキリしない。最悪のパターンにも結びつけられてしまう言葉を最後に持って来てしまうあたりがいかにも締口らしいのだが、何もこんな時にまで自分らしさを出さなくて良かったのではないか。
自分を信じろって奴はたいてい嘘つきだ。という話で意気投合した俺達だったが、こんな時くらいはそういう言葉を放ってもいいのではなかろうか。
必ず帰って来る。という気持ちを示す言葉がなかったのが、まさかここまで俺の心に不安の影を落とすとは。
「兄貴。前にもこんなのありましたよねぇ？」
右隣の男がニヤニヤしながら俺を見て口を開いた。まだ若いって言うのに歯がボロボロだ。
「あったなぁ。そういや」
「あれはどうなったんでしたっけ？」
こいつは絶対に知ってて言っている。俺をビビらす為にこうして勿体ぶりながら揺さぶりをかけて楽しんでいるのだ。
「あれは残念だったが結局来なかったな」
「あーそうでしたそうでした」
右隣の男が俺の顔を覗き込む。頭が悪そうな顔で笑うなこいつは。
俺は目を合わせずにジッと時計に集中していた。まず、この話が本当か嘘か定かではないし、例え本当だったとしても他人の話は関係ない。
今こうして舞台に上がっているのは俺と締口なんだ。前の奴らがどうだったとかは何の参考にもならない。
来なかった奴って言うのが、締口ならまた別だが。