小説

『走ってるんだよな? お前』川月周(『走れメロス』太宰治)

 そして心がスッキリした後、銭湯で体もスッキリさせて家に帰った俺は泥のように熟睡した。
 会社に連絡を入れていなかった事に気付いたのは翌朝、携帯の電源を入れた時だった。

 事実は小説よりも奇なり。なんて言葉がしっくり来るのは初めてだった。
 あのスーツの男が走れメロスのスピンオフ作品で賞を取ったと知ったのは数ヶ月後の朝のニュースで。思わず飲んでいたコーヒーを吹き出した。
 何でも原作を越えたラストが描かれているらしい。原作とは違った話になっているが、その斬新な切り口が高く評価されたのだそう。
 そりゃそうだ。だって俺達が考えた走れメロスは間に合っていないんだから。
 しかし、そのラストは気になった。恐らく下っ端の帰宅で俺が聞きそびれたやつだろう。「そうか!」の時に思いついたに違いない。
 どうやら映像作品になるみたいなので見てやろうと思う。
 こちらは相変わらずの日常。正社員生活。何も変わらない。
 ただ、俺は締口の仕事が何なのかいまだに良く分かっていない。
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10