「お雪」
声を張り上げる。
「お雪、待て。お雪」
がむしゃらに雪を掻き、走り寄ったその勢いのまま、お雪の腕を強く引く。二人はそろって、降り積もった雪の中に倒れ込んだ。お雪は弥作の腕の中でしばらく身をよじっていたが、力でかなわぬと悟るや否や、傍らの雪に指先で跡をつけた。
『あなたのお父上を死なせてしまったのは私です』
その文字を読んだ弥作が動きを止めると、お雪は弥作の腕から逃れて、追い立てられるように雪の中に字を刻んでいった。
『森の中で倒れている木こりを見つけたのは、寒い日でした。私は慌ててそばへ寄って抱き起こしました。知らなかったのです。私の息にふれたものがどうなるのか。大丈夫ですかと声をかけるつもりでした。でも』
「もう良い」
弥作はお雪の手をつかんだ。
『よいわけがないのです』
弥作に押さえられた方とは反対の手で、お雪はなおも、怨みをこめるように雪を刻む。
『私はあなたの父上を』
「良いと言っているのだ……っ」
弥作はお雪の肩を乱暴につかんだ。
「知っていたんだ、おれは」
弥作の手の中で、お雪の細い肩が強張る。それを気遣うこともできず、弥作はまくし立てた。
「お前が熱に浮かされるおれの額を手で冷やしてくれた時から。寒さに凍え死んだのだとしても、あれほどまでに凍るはずがない親父の顔を思い出した。だからお前を引き止めたんだ。隙を見て親父の仇を討てると、胸がざわついた」
高ぶる弥作の感情に呼応するように、耳元でごうっと風が唸った。
「だけどお前は手を腫らしながら作った白い粥を、おれに与えてくれた。それからまるで女房のようにおれの世話を焼く。十日もだ。毎晩毎晩、手を真っ赤にして粥を作ってくれる。それなのに礼もいらないという。おれを救ってくれたお前が、五年前の親父の仇だからといって討てるのか。なあ、おれは、おれはどうすりゃあよかったんだ」
ぽとりと弥作の目から落ちた熱い雫が、お雪の頬に赤く腫れる跡を残す。
怒鳴られるまま呆然としていたお雪に、弥作はふっと笑った。
「お前、涙でも火傷しちまうんだな」
肩を離し、帰ろう、と手を差し出した弥作の前で、お雪はまた、深く、深く頭を下げた。
「お雪、お前はどんなものなら食べられるのだ」
ある晩、弥作は飯の最中にかたりと箸を置いて、傍らのお雪に尋ねた。お雪と暮らすようになってふた月が経つが、一向に食事をする気配がない。日に日に痩せ細る様を、これ以上見過ごすわけにはいかないと思った。
『雪ならば』
お雪はすっかり手に馴染んだらしい筆で書き付ける。
『ですが、物を口に運ぶためには毎度、息吹を制さねばなりません。そうまでして口にしたところで、さしておいしいわけでも、腹がふくれるわけでもないのです』
なるほど、と弥作は呟いた。
「おいしく、腹がふくれるものなら、お雪はおれと共に食事をしてくれるんだな」
お雪は少し考え込んでから、ためらいがちに首肯する。
「よし、それならおれが何か、お雪にも食べられるものを作ってやろう」
弥作はそう意気込んだが、それはなかなかに難儀なことだった。全く呼気を漏らさぬまま口を開くことは存外難しいらしく、例え匙を凍らせることなく、うまく口に物が入ったとしても、それは口内で即座に凍り付いてしまうのだ。