小説

『桃太郎の真実』広都悠里(『桃太郎』)

「おいら、じいさんもばあさんもまじめな顔で言うから信じていたんだぜ」
「おばあさんとおじいさんは誰に聞かれても桃から生まれた桃太郎、としか言いませんでした。桃から赤ん坊が生まれるなんてそんな話は聞いたことがないと言われるとそうですねえ、本当に不思議なこともあるもんですと笑っていたから相手もそれ以上何も言えなくなって、そのうちそういうことになってしまったようです」
「なあ、こんなことを言って気を悪くしないでくれよ。流れてきたのは桃ではなく、子供を産んだが育てられないわけありの女が流した桶だったんじゃないのかい。おおかた、桃の模様のあるてぬぐいでもかけてあったんだろう」
 ちっとも日に焼けていない青白いひょろりとした鬼がそう言うと笑い声がぴたりとやんだ。
「そうか、それなら話がわかる」
「ばあさんはちっと話を作ったんだな」
「さすが青、考え深い。わしらはそこまで思いつかなんだ」
「いいえ、そうではありません」
 桃太郎がきっぱり言った。
「ええっ。どういうことだよ」
 猿は話をよく聞こうと耳をさらに窓に近づけた。
「私も、同じことを考えました。けれど私の住む家は山の奥深くにあるのです。朝、山でとれたキノコや木の実、薬草などをふもとの村へ持っていって米や干した魚に代えてもらって帰ってくるともう夕方になるくらいの山の中、流れる川の上流となると私の家よりさらに奥になる。行ってみたこともありますがとても人が住んでいるとは思えません」
「ならば桃太郎、お前の親はいったい誰なのだ」
「わかりません」
 鬼たちは顔を見合わせた。
「私はいったい誰の子なのでしょう。おじいさんやおばあさんに頼むから本当のことを教えてくれと何度も頼みましたが、桃から生まれたとしか言わないのです。そんなばかげた話は信じられないと言っても本当なのだから仕方がないと笑うのです。きっと私が誰の子か言えない事情があるのです。でも私は知りたいのです」
 桃太郎はいきなり後ずさり、きちりと座り直すと両手を床につき、頭を床にこすりつけた。
「どうか、どうか、お願いです。あなたがたは不思議な力をお持ちと聞いています。その目は何千里も先の物を見ることができ、耳に手を当てれば山の鳥の鳴き声も聞き分けることができるそうですね。その力をお借りして私の親が誰だか探してはくれませんか。実は海で迷ったというのは嘘なのです。力をお借りしたく、ここまで来たのです」
 ひえええ、猿は窓から落ちそうになるくらい驚いた。「鬼退治じゃなかったのかよ」
 鬼たちはひそひそ囁き合った。
「お気持ちは察する」
 やや小柄な黄色みがかった肌の鬼がうほんと咳払いしながら言った。
「だが、今更それを知ってどうする?知れば今までと同じ気持ちではいられなくなるぞ。育ててくれたおじいさんやおばあさんと今まで通り暮らした方がよかろう」
「知らぬ方がよいこともある」
 青い鬼も言った。
「それが、そうもいかなくなりました。どうやら二人は私のことが邪魔になってきたようなのです」
「どういうことだ」
 赤銅色の鬼が盃を置いた。
「どうか、気を悪くなさらないでください。二人は私にこの島へ行って鬼を退治してきなさいと言いました。ええ、私たったひとりでです。いくらなんでもそれは無理だと申しますと、それでは家来を連れて行きなさいと雉と犬と猿に話をつけたのです。犬はうちの犬で、猿は罠にかかったところを助け、雉は矢で射ぬかれた羽の手当てをしてやったことがあるから貸しがある、きびだんごをひとつやればついて行くという手はずになっている、と」
「それで家来を連れて鬼退治に来たのか」
 鬼たちはざわついた。
「御心配には及びません。あなた方に何かするつもりは毛頭ございません。だからこそ、こうして全部お話しているのです。先ほど申した通り、私はただ知りたいのです。私が何者なのか、おじいさんおばあさんが私を鬼ヶ島へ行って鬼に殺させてしまおうと思うようになったのはなぜなのか。あなたがたが、いかに優れているのか私は山の熊や都を飛び回る烏に聞いておりました。ならいっそ、成敗に行くふりをして、この島に赴き、あなた方の手を借りて真実を知ろうと思いたったわけです」
「それが本当なら酷い話だ」
「桃太郎、お前の思い過ごしではないのか」
「そうならよいのですが」
 桃太郎はうつむいてくちびるをかみしめた。下を向くと白いほっぺたがふくりと丸くなり、哀れな小さな子供のように見えた。
「しかし、お前はどうする。このまま手ぶらで帰るわけにもいくまい。わしらは争いごとを好まぬ。たまに人の住む場所に見物に行くと刀をふるわれ矢を放たれる。だから最近はあまり行かぬようにしているくらいだ。だから人の世の仕組みや噂には疎い。今すぐお前の親が誰か見当をつけるのは難しい」
「礼はいたします。私にできる限りのことをなんなりと」
「面白いではないか」
 青い鬼が言った。
「丁度退屈しておった。桃太郎、お前、わしの筋書きにのってみんか」
「それはどのような」
 桃太郎は顔をあげ、青い鬼をまっすぐに見た。猿は初めて桃太郎の真剣な顔を見た。きりりと太い眉の下、大きな目をぐりぐりさせ四角い顔のあごをひきしめ、桃色のくちびるは決意のほどを示すかのようにきゅっと結ばれていた。
「おやおや、こうしてみるとなかなかいい男じゃないか」
 猿はつぶやいた。
 しかし妙な話になってきた。驚くことばかりでもう何があってもこの先そうは驚かんぞ、と下をのぞきこむと犬はぐうぐう眠っていた。
「あの馬鹿たれが。鬼に囲まれながら、よくもこんな時に眠れるもんだ。しっぽをふるしか能のないやつめ」
 腹が立ってべちべち辺りを叩きたくなるのを猿は必死でこらえた。青い鬼の策略を聞き逃したくなかったのだ。

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