小説

『桃太郎の真実』広都悠里(『桃太郎』)

 少しばかりの金銀と赤銅色の鬼の右腕を持って桃太郎はおじいさんおばあさんの待つ山へ帰った。
「なんだかさっぱりわからんよ」
 犬はうなった。
「鬼に宝を渡されて、これで成敗に成功したと言っておけと言われたんだ。食べ物も水もくれたし、鬼というのはずいぶんお人よしなんだな」
「人じゃあないぜ。鬼だ」
「じゃあ、お人よしではなくお鬼よしとでも言えと言うのか。意味が分からん。第一、語呂が悪すぎる」
「まあ、これからが見ものだぜ」
 猿はつぶやいた。
「どういう意味だ」
 犬が首を傾げた。
「お前は知らない方がいい」
「猿、鬼ヶ島へ行ってからなんだか様子が変わったな。何かあったのか」
「おいら、一晩中船の中でお前たちの心配をしていたんだぜ。おかしくもなる」
「しかし、よく鬼は右腕をくれたな」
「退治をしたという証拠が必要だろうと、前に怪我で失った腕を紙に包んで持っていたのをくれたのだ」
 桃太郎はふり返り、いつもの子供のような顔で言った。
「おまえたち、鬼は成敗したというのだぞ。うっかり貰ったなどといえば、鬼と通じていると思われて殺されてしまうからな」
「決して言いません」
 雉も犬も猿も誓った。
 おいら本当のことを何もかも知っているんだぜ、と桃太郎に言いたい気持ちを猿はずっとこらえていた。何しろ周りは嘘つきだらけだ。桃太郎が鬼に語ったことが真実とは限らない。話をうまく作って鬼たちを面白がらせ、戦わずして宝と腕を貰おうという桃太郎の戦略が成功しただけなのかもしれない。
 おじいさんとおばあさんが鬼は退治してあるから安心して行けと犬や猿や雉に言ったのは、桃太郎に付き添ってもらいたい一心でついた嘘なのかもしれないし、本当に桃太郎を亡き者にしようとしていたのかもしれない。
 何が本当で、何が嘘なのだ。
 考えれば考えるほどわけがわからなくなり猿はひとり、キーという叫びをあげた。
「猿のやつ、イカれちゃったな。まあもともとイカれてはいたが」
 キーキー叫んで頭を掻きむしる猿を犬は気の毒そうに見た。
「何か、よっぽど怖い思いをしたのかもしれん」
 雉が目をぱちぱちさせながら首を左右に振った。
「ああ、ずいぶん怖い思いをした」
 猿は肩をすくめた。
「鬼より怖いのは人間かもしれないぜ」

「まあ、桃太郎」
 荷物をしょって帰ってきた桃太郎を見ておばあさんは声をあげた。
「よく、無事で」
「鬼は退治したのか」
「はい、おかげさまで。これが鬼から奪った宝と、証拠に切り取ってきた鬼の腕です」
「なんとまあ」
 二人は顔を見合わせ、ばあさんは着物の袖で目尻をぬぐった。
「疲れただろう、ゆっくり休むといい」
「はい」
 鬼たちの前で見せた決意のまなざしはどこへ消えたのだろう。目をくりくりさせてうれしそうにおばあさんのあとについて行く姿は大きな子供のようだ。
「さあ、どうなることか」
 おじいさんとおばあさんは何か行動を起こすだろうか。何も起こらなければ桃太郎が、鬼の宝と腕を持って都の殿様に献上しに行くと言い出すことになっている。
「おそらくそこで何かあるだろう」
 青い鬼が言うと、赤銅色の鬼が尋ねた。
「何かと言うのは何だ?」
「鬼を退治できるほど強いのだからお城で召し抱えると言われるだろうな。褒美も出るだろう。そしてもし、桃太郎の思うことが当たっているならおじいさんとおばあさんは必ず何らかの行動を起こすはずだ」
「だから、何が起こるんだ?」
「それはわからんが、誰が敵で誰が味方なのかはっきりするはずだ」
「ううん、なんだかぞくぞくするなあ。ああ、桃太郎、失礼」
「いいえ、ここまで手助けをしていただいたのです。面白がっていただいて結構。ヒマつぶしの余興になると良いのですが。今の私にできるお礼は何もないのですから」
「いや、人の世とは複雑なものだな」
「あなたがたのように暮らせばいいものを、なぜ分かち合うことができず、身分を分けたり誰かをおとしめたりするのでしょう。つくづく嫌になります」
 そう凛々しい顔で言った桃太郎のどこまでが本当なのか、おいらがしっかり見届けてやるからな。
 分けてもらった食べ物を抱えながら猿は木に登り、桃太郎の家を見下ろした。犬は家の前で寝そべり、大きなあくびをした。雉はもう二度と人とは関わりたくないと言ってから飛び立った。
 窓からのぞきこむと、いろりにかけた鍋を三人で囲んでいるのが見えた。
 ちろちろ燃える火の赤い色が三人の顔を照らしている様はどこか不気味で、三人のうかべている微笑みや笑い声さえうすら寒いものに猿には思えた。
「まあ、高見の見物といくか」
 猿は貰った果物をしゃりしゃり齧りながら夜空を見上げた。 

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