小説

『なのに、俺は』ウダ・タマキ(『幸福』)

 病んでる、心が-
 最近は寝ても覚めても頭の中は仕事のことばかり。ノルマに追われる焦燥感とノルマを目指す罪悪感に襲われる矛盾、そしてジレンマ。
 数日前には「帰れ!」と水をぶっかけられる夢で目覚めた。樽のようなでかいバケツから溢れ出す水の勢いにふっ飛ばされ、口から噴水のように水が上がった。まるでアニメの世界だ。
 夢とはいえ仕方ない。所詮はそんな仕事だと博人は自覚している。
「はぁぁぁ」
 見上げた夜空には、さっきのレモンのような三日月が貼り付いていた。あの頃に戻りたい……と、博人は柄にもなく月に願う。

 博人がギャンブルにハマったのは、カズミに誘われたパチンコで勝ったのがきっかだった。いわゆるビギナーズラック。定職に就かない二十歳の博人には不労で得た三万円は大金だった。
 やがてパチンコが博人の生きがいとなった。負けのほうが圧倒的に多かったが、だからこそたまの勝利には休火山が爆発するように感情が放出し、快感を得られた。ますますのめり込んだ。
 一方のカズミ……かつて和樹という名前だった男は、性の違和感を抱き続けて生きることに踏ん切りをつけてカズミとなり、己の信じる道を突き進んで自分のバーを持つという夢を叶えた。歯に衣着せぬカズミの言葉は悩める者を諭してくれると評判になり、性別問わず訪れる客が後を絶たない。

 なのに、俺は-
 借金まみれ。
 一攫千金を夢見たはずが膨らんだのは夢よりも借金だった。

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