小説

『歳蕎麦』藤咲沙久(『時蕎麦』)

 今何時だい?
 そら知るもんか
 今何時だい?
 もうしつこいな
 何時だい? 何時だい?
 いいからさっさと働きな!

 方々に尋ね回って、そのほとんどで面倒臭がられながら、弥兵衛もそろそろ飽き始めていた。最後の最後、原点に戻ろうと蕎麦の屋台を覗いてみる。昼時はすっかり過ぎており、いつかのように腹がグゥと鳴った。今回の店は清潔そうで、弥兵衛は心の隅でこっそり安堵した。
「親父、なあ親父よ。世の中には、どうにもわからんことがあるもんだなぁ」
「そうだねえ。はい、蕎麦お待ち」
「おう、ありがとう。腹が減ってね、へへ……うん、うん。うん……こりゃうまい。うん、うまいうまい……。こりゃ本当にうまいね。お初とお琴にも食わせてやりたいね。お初ってのが嫁でね、お琴が娘なんだ……うん、うん。うん?」
 あと少しで汁を飲み干すというところで、弥兵衛ははたと気づいた。その可愛い娘との約束は、いつであったか?
「いけねぇ、親父、俺は何日寝た?」
「なんのことだい」
「ひぃ、ふぅ、うん、たぶん三日だ、三日寝たぞ」
「あんた三日も寝込んだのかい」
「それで親父、今何時だい?」
「さっき鳴ったばかりだから八ツ時だな」
「ああいけねぇ、いけねぇ。お琴のやつ、朝言ってくれればいいのに。違うや、俺が澄ましておけと言ったんだな。娘とな、約束があるんだ。佐吉より先に饅頭を食うんだ。おっと、団子みたいに払い忘れるとこだった。ここは馴染みの店じゃねぇなからな、きちんとお代を置いていくからな……ちくしょう細かいのしかないぞ。間違えないように一枚ずつ乗せるから、手ぇ出してくれ……一、二、三……」

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