小説

『腫瘤』加持稜誠(『こぶとりじいさん』(岩手県))

 「ほんとに、いい加減にしてくださいよ! こっちも暇じゃないんだから!」
 意味の分からない言いがかりを、言いたい放題捲し立てた菅生は、最後にそう吐き捨てると、玄関のドアを叩きつけて帰って行った。
 「はあ……」
 怒り以上に疲れ果てた一哉は溜め息をついた。
 「大丈夫?」
 心配そうに駆け寄る加奈子の表情には、一哉の対応に少し不満と不安が見え隠れした。それを踏まえたうえで、一哉は加奈子に微笑んだ。

 
 翌朝。
 今日は朝一から会議だ。多少なりとも戦う準備する為に、いつもより早い時間に一哉は玄関を飛び出た……
 途端に目に入ったのは菅生の姿だった。
 「お、おはようございます……昨晩は、どうも……」
 一哉の挨拶に微動だにしない菅生。服装も昨日のままだ。よもや一晩中玄関先に立っていたのか?
 「き、昨日は、す、すみませんでした……」
 菅生の口から出たのは意外な言葉だった。
 「本当に掃除機が欲しくて……」
 駄々っ子の言い訳のように、歯を食いしばりながら謝罪する菅生。
 「あ、いえ、お気になさらず……すみません、僕、急ぎますので……」
 遮る菅生を避けるように、一哉は道路に躍り出た。
 「待ってください! 私の話はまだ終わっていません!」
 追いかけて来る菅生。
 「すみません! 本当に急いでるんで!」
 一哉は逃げるようにして、駅までの道を駆け抜けていった。駅に辿り着いてやっと後ろを振り返ったが、そこには菅生の姿はもうなかった。
 「ほんとにおかしな人だ……」
 そう言いつつも、脚が震えている自分に、心の中で舌打ちをした。

 
 それからというもの、菅生の奇行はまさに常軌を逸し始めた。
 一哉が新しく車を購入すれば、同じ車を欲しがって、金も無いのにディーラーに押し掛けて一悶着起こす始末。スーツを新調すれば同様に、テーラーに駆け込む始末。その度に一哉の名前を出すので、方々で一哉は頭を下げる羽目に……とにかく一哉が手にする物全てに興味を示し、それが欲しいと駄々をこねる始末。それに加えて、手に入らない怒りを一哉にぶつける顚末。

 そして……

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