小説

『こころむすび』ヤマベヒロミ(『おむすびころりん』)

「今日は思い切って、ツナマヨにしてみるか…」
 2ヶ月前に妻の妙子を亡くしてから、昼食はいつも、コンビニおにぎりが2つ。それを職場近くの公園で食べるのが、すっかり日課になっていた。
 30年間1日も欠かすことなく、弁当を作り続けてくれた妙子。中身は必ず、大振りのおむすびが
2つと、ほんのり甘い玉子焼き、そして前日の晩ご飯のおかずが添えられていた。
 弁当の半分以上を占めるおむすびは、しっとりとご飯の湿り気をおびた大きめの海苔に包まれ、決まって、ひとつは梅干し、もうひとつはおかかだった。

 妙子が亡くなってから数日後、私は初めて弁当を持たずに出勤した。コンビニのおにぎりを食べたのは、その日が初めてだ。初めて目にするおにぎりの陳列棚に驚いた。見たことのない種類のおにぎりがずらりと並び、どれを選んで良いか迷ったものの、結局いつも梅干しとおかかを手に取ってしまう。おにぎりを包むフィルムをゆっくり剥がしていくと、ご飯と海苔がその時初めて直に触れ合う。これまでと違う侘しさを感じつつも、妙子のおむすびと違い、パリパリとした海苔の食感に小さな感動を覚えた。

 今日は、初めてツナマヨおにぎりを買った。職場の部下に、ツナマヨが一番のお気に入りだと勧められた。少しずつ少しずつ…、これまでの変わらない毎日を変えていかないことには、いつまでたっても、2ヶ月前のあの日のまま、心の刻が進まない。
 初めてのツナマヨおにぎりに、少し心を踊らせている自分に後ろめたさを感じつつ、いつもの公園のベンチに腰掛けた。
 さぁ…ひとくち目を頬張ろうとしたその時である。
「すみませーん!あぶなーい!」
 遠くから女性の叫び声がしたかと思うと、目の前にサッカーボールが飛んできた。
「すみません!大丈夫ですか?お怪我はないですか?」
 慌てた様子で、男の子とその母親が駆け寄ってきた。
「あ、いえ。少し腕に当たっただけで、大丈夫です」
「あ!おにぎり…」
 私の足元に転がるおにぎりを見て、男の子は申し訳なさそうに呟いた。ボールが当たった弾みで、私の手元から転がり落ちたおにぎりだった。
「すみません!ちょうど食べるところだったんですよね。本当に申し訳ありません…」
「いえいえ、もう1つありますから、大丈夫です」
 そう言って、ビニール袋からもう1つのおにぎりを取り出して見せた。

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