小説

『アカマツの下で』茶飲み蛙(『つらしくらし』(岡山県))

「へー、有名な会社やね。仕事面白いん?」
「いや、全然だよ。若手は下働きばかりだしさ。フードテック系のベンチャーに転職しようと思っているんだけど、中々募集もなくてさ。」
思わず嘘が出る。
「俺朝日食品すげー好きでさ!この前聞きそびれたけど、なんか一時原材料表示の間違いで話題になってたじゃん。あれホントはどうなのさ」
「あぁ、あれは…その…」
突然会話に加わった藤原の言葉に思わず口籠る。
「他の部署の話だからあんまり知らなくて…」
初めは些細なミスだった。ミスに気付いた直後に上司から尋ねられた質問に対して、反射的に嘘を付いた。嘘を付いたらもう引き返せず、もっと嘘を付いた。大したことないはず、誰も気付かないはず、蓋をした不安は蠢き、最悪の形で姿を現した。

歯切れの悪い言葉に興を失ったのか、藤原は二言三言当たり障りの無い言葉を発して席を移り、場は再び地元の内輪話に戻りつつあった。
俺は適当に相槌をうちながら、燻る思いを見透かされぬようひたすら杯を重ねた。

すっかり悪酔いした帰り際、中村が「あまりムリしないでね」なんて言いながら変な目で見ていた気がするが、あれも嘘に気付いた蔑みの目だったのだろうか。俺は深酒特有のムカつきとフワつきを覚えながら、街灯も疎らな田舎道を歩いた。

ほんの数年離れていただけにもかかわらず、地元の夜道は異物のように目に映った。2号線を 越えて100メートルばかり歩いただけで、街灯と街灯の間には真っ暗な闇が広がる。道の直ぐ右手には神社になっている小山が迫り、その山から頭上を覆い隠すようにせり出した木々が月明りすら見えなくしている。一つ街灯を過ぎると、まるで先が見えなくなった。次の街灯はカーブの先か、消えているのか。ふらつきながらだらだらと進めてきた足をとめ、つい立ち尽くしてしまう。
深夜1時。近くの民家は寝静まり、ざあざあと木々を揺らす風の音の合間に、遠くを走るトラックの音が途切れ途切れに聞こえてくる。酒が回ってぼんやりした頭で思考する。果たしてこのまま闇の中に歩を進めていったとして、次の明かりがあるのだろうか。

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