小説

『アカマツの下で』茶飲み蛙(『つらしくらし』(岡山県))

「ありがとう。でも、そろそろ行くよ。」
忘れ物を心配する両親の気遣いに感謝しつつ、実家を出た。伯備線から山陽新幹線に乗り換え、博多へ向かう。

涼香との奇妙な邂逅の後、気が付くと三叉路に立っていた。時計を見ると、深夜1時過ぎ。三叉路に入ってから10分しか経っていないらしい。件の標識はどこにも見当たらなかった。心配する両親に言い訳をして、その日は床に就いた。
あの世界が何だったのかは分からない。泥酔者の夢だったのかもしれない。
ただ、その日以降、心境に変化が起きた。荒波のごとく猛っていた感情が平静を取り戻したのだ。
自分より先に退職した同期が、博多で立ち上げたベンチャーの社員にと誘ってくれたのは3日ほど前だった。もちろん悩んだが、最後は涼香の言葉が背中を押してくれた。

アカマツの下に差し掛かる。葉の間から零れる光が道を照らしている。その道をゆっくりと、だがしっかりと歩いていく。今度彼女に会った時、良い報告ができるように。

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