小説

『当たりの箱はどの箱か』五条紀夫(『舌切り雀』)

 
 予想通りの返答。こんな強硬手段を取るほどだ、やましいことがあるに違いない。だからといって、それに付き合ってやる義理はない。
「大きい箱はともかく小さい箱に関しては、せいぜい数千万しか入りません。結構な額ですが、命を懸けるほどではない。命を懸けさせるほどでもない。世間に公にしたくないなら、財産の入手は諦めたほうが良いですよ」
「だが、君は箱を開けると約束しただろう?」
「あなたが嘘をついていないのなら、という断りを入れたはずです」
「私は嘘をついていない」
「信じられないですね」
 投げやりにそう言ってから、馬場は淡々と続く言葉を口にした。
「あなたは嘘をついている可能性が高い。あなたの目的が財産の入手にあるならば、取り出した現金の大半を報酬として俺に渡すわけがないでしょ」
「君が現金の入った箱を開けたならば、報酬を支払うことは約束しよう。なんなら全額くれてやっても良い」
 思わず鼻で笑う。
「ますます信用できないですねえ」
「そうかね? 考えてみたまえ。仮に君が毒の入った箱を開けた場合、部屋に毒ガスが充満して私は現金を取り出すことが出来なくなる。もし私が金を欲していたとしたら、その二つの箱を同じ部屋に置きはしない」
「そんなの防護服でも用意すれば……」
 そこまで言って考え直した。防護服を用意すれば、自ら箱を開けられる。特注と思われるコンテナルームを用意できる人物なのだから、防護服の調達も可能だったはずだ。だが、彼はそうしなかった。そもそも、こんな部屋を作っている時点で金に困っていないことは明白だ。
「どうかしたのかね?」
「あなたの目的は、なんなんですか?」
「初めから言っているだろ。箱を開けて欲しいだけだ」
「だから、なんで箱を開けさせたいんだ」
 語気を強めると、老紳士は表情を引き締めた。
「馬場君、君は舌切り雀を知っているかね?」
「舌切り雀? 童話ですか?」
「違う。巷を賑わせている連続猟奇殺人事件のことだよ」
「週刊誌で見たことがあるかも知れないですね」
 彼は、緩慢に歩き始めた。

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