小説

『当たりの箱はどの箱か』五条紀夫(『舌切り雀』)

「いまのところ被害者は五人。年齢も性別も殺され方も異なる。ただし一つだけ共通点がある。犯人は、自身の犯行を誇示するためか、五人の遺体から舌を切り取ったのだ。そのことから、世間では舌切り雀事件と呼ばれている」
「それが、どうかしました?」
 老紳士が足を止め、馬場のことを睨む。
「被害者の一人は、私の娘なのだよ」
「ご愁傷様です」
「犯人は未だ捕まっていない。ただし、警察には伝えていないことなのだが、娘のパソコンに犯人とおぼしき男の連絡先が記録されていたのだよ。一人暮らしを始めたばかりの娘は、その男に防犯錠の設置を依頼していた」
 馬場は白けた顔をして話の続きを待った。
 老紳士が再び語り始める。
「犯人は自身の顧客からターゲットを選んでいた。そうなんだろ? 舌切り雀の犯人は、鍵師の馬場和也、君だ」
 馬場は、ゆっくりと首を横に振った。
「あなたは勘違いをしている。犯人は犯行を誇示するために舌を切ったんじゃない。ましてや遺体から切り取ったわけでもない。犯人は、生きている人間から舌を切り取ったんだ。言葉を発せずに苦しみもがく姿を見るためにね」
「……自白と解釈しても良いのかね?」
「自白も何も、全て分かっているからこそ、舌切り雀の物語に見立てたこんな茶番を仕掛けてきたんでしょ? 復讐のために俺を毒殺する気ですか?」
「いいや、それでは君と同じ殺人鬼に成り果てる。そこで考えたのだよ。君自身の運命は君自身に決めて貰おうってね。私はここに至るまで嘘を一つもついていない。君が当たりの箱を開けられたなら、解放することを誓おう」
「あんた、頭がおかしいよ」
「頭のおかしい君からそんな賛辞を貰えるとは光栄だ」
「こんなことをすれば、あなただって裁かれますよ」

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