小説

『カチカチ山』笠倉薫(『カチカチ山』)

 おばあさんがそういってタヌキの縄を解いてやりました。
 おばあさんは口ではそう言っていましたが、タヌキはもうおじいさんのこともおばあさんのことも誰も信じられません。
 当たり前です、一歩間違ったら食べられていたのですから。
 タヌキは一目散に逃げだそうと思いましたが、足元の縄が絡まって、身体が勢いよく農具に当たってしまいました。
 その道具がおばあさんめがけて倒れたのです。
「危ない!」
 タヌキはおばあさんに駆け寄りました。
「おばあさん、大丈夫?おばあさん」
「罰が当たったんだ。罰が…」
 おばあさんはそういうと息を引き取りました。
 タヌキは泣いてその場に佇みました。
 そこへおじいさんが帰ってきました。
「お前がやったのか。」
 おじいさんは静かに尋ねました。
 タヌキは何も答えられませんでした。ショックを受けすぎていたのです。
 ただもう何もかもが手遅れな気がして、タヌキをその場を静かに立ち去りました。
  おじいさんはただおばあさんを抱えて
「ばあさん。ばあさん。」
 と、呼び続けました。
 そこに二つ山を越えたところに住んでいる
 うさぎがやってきました。
 ウサギはタヌキほどこの家に来てはいませんでしたが、おじいさんおばあさんに世話になっていたので、食べ物に困っていたふたりを心配 して見に来たのです。
「おじいさん。」
 おじいさんはショックで動けませんでした。
 おばあさんの為を思ってやったことがこんな結果になってしまったためです。
「おじいさん、おばあさんの仇を取りましょう。」
「いや、こんなことをやろうとしたわしの自業自得じゃよ。何もかも儂の…」
「いいえ、おじいさん。もし本当にタヌキがおばあさんを思うならこんなことにはならなかったはずです。」
 ウサギもおばあさんに大変お世話になっていました。
 ウサギの身体が小刻みに震えています。
 怒りが大きすぎるのです。
「私がおばあさんの仇を取ってみせます。」

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