小説

『そう願って、わたしも』小山ラム子(『継子の機織り(沖縄県)』)

 結局本は何も借りられなかった。一度読んだだけなのに、さっきの物語が頭から離れない。他の話を読んだところで頭に入りそうにもなかった。
 自分は器用な子どもだったと思う。
相手が言ってほしそうなことは大体分かったし、思ってなくても簡単に口に出せた。めんどくさそうなこと、難しそうなことはさっさと避けて、楽にできそうなものを選んでいた。
 いつも真正面にぶつかっていく姉のことを見下していた。どうしてあんなに何度も何度も転んで痛がって泣いているのだろうと。
 もっと器用に生きればいいのに。
 でも、いつの間にか姉はうまく生きるようになっていた。友人関係、アルバイト先、大学。どこでも恵まれた立場にいる。
 いや、姉はうまく生きるようになったわけではない。実を結んだのだ。
 友人が熱心にアドバイスをしてくれるのは、同じくらい姉も友人を大事にしているから。
 お店の味を教えてもらえるのは、一生懸命に姉が働いているから。
 自分の得意科目を生かせる大学にいけたのは、入試で必要な苦手科目にもきちんと取り組んだから。教授に気に入られているのは勉強に精を出しているから。
 姉は難しい部分もきちんと織ってきた。不揃いでも。きれいにできなくても。ずっときちんと織ってきた。泣きながら、一生懸命に。
 だから、真ん中を驚くほどきれいに織ることができる。
 コンコン、とノックの音がした。
「茜、開けていい?」
 立ち上がってわたしのほうからドアを開ける。立っていたのはお盆を持った姉だった。
「これ、今日のおやつ。お母さんが買ってきてくれたの」
 お皿に乗ったロールケーキ。そして、アイスコーヒー。
「お姉ちゃんが作ったやつじゃないんだ」
「え?」
 え、と自分でも驚いた。心にもないこと、じゃないこの感じ。
 あれ? わたし今、本気でお姉ちゃんのレモネードが飲みたいの?
「レモネードが、いい」
 姉の目を見る。こんなにも真っ直ぐに見つめるのは久しぶりだった。
姉が一瞬だけ瞳を見開いて、それからへにゃっと笑顔になった。昔から変わらない、子どもっぽい笑顔。
「ちょっと待ってね。かえてくる」
 テーブルにお盆を置きアイスコーヒーが入ったグラスを持ち上げて、姉はくるりと向きをかえて部屋を出て行った。
 その俊敏な様子に思わず笑いが込み上げて、そのままなぜだか涙も出て、たまらなくなってその場に座り込む。
 姉は今も難しい箇所を織ろうとしている。わたしと向き合うこと。いくらわたしが素っ気なくしても向かってくる。
 そんな姉を馬鹿だと思いたかった。そう思わなきゃやってられなかった。
 わたしにだって友達はいるし、成績だってそこそこ良いし、恋人だっている。でも、親友と呼べる人はいないし、大学で学びたいこともないし、恋人とはもうすぐ別れそうだ。
『なんかお前って表面だけ取り繕ってるよな』
 そう言って振ってきた前の彼氏は、今考えるとなかなか見る目があったのかも。だって、本当にその通りだ。
 ばたばたと階段を上がる音がする。
「お待たせ」

1 2 3 4 5