大いなる昔、イ・シカラ・ペツ(石狩川)の上流部にニッネカムイという魔神が住む場所がありました。ニッネカムイは周辺に居を構える上川アイヌが平和に暮らしていることを妬んでいました。時には空に向けて魔法をかけ大雨を降らしたり、イ・シカラ・ペツをせき止めては魚を獲れなくしたり氾濫を起こし、上川アイヌはいつも辛い仕打ちを受けていたのでした。
でも、上川アイヌは狩りや採取をしながら懸命に暮らしていました。そのコタン(集落)にレイラという娘が住んでおりました。レイラとは風という意味。レイラはカムイ・ミンタラ(大雪山)から吹き降りてくる爽やかな風を感じる時が一番幸せでした。今日もカムイ・ミンタラの夏でも溶けない美しいウパシ(雪)を見ながら風を感じるのでした。
「シュルルルー。バシュ」ユク(エゾシカ)に見事にアイ(矢)が命中しました。バッタリ倒れるユクにコタン一番の狩りの名手であるイソンノアシが近づき持っているマキリ(ナイフ)で血抜きの下処理をしました。ユクはアイヌ民族にとって主食といっても過言ではなく、食用としての肉はもちろん、あらゆる部位が道具や薬を作るために利用され、無駄のない生き物として重宝していました。イソンノアシはユクの後ろ足を縛り、ニイェシケ(背負い子)に載せてコタンへ向かいました。
レイラとイソンノアシは幼いことから幼馴染としてコタンで育っていきました。年月を重ね、少女と少年から、立派な女性と青年となり、お互いを意識(ウオシッコテ)し始めていました。いつしか、二人は山で山菜を、川では魚を採り、また、狩りの名手であるイソンノアシの働きもあってコタンの人々とともに貧しいながらも、心豊かな生活を続けていたのでした。
アイヌの人々は自然と共に生きる民族です。一年の多くは食糧採取に時間を使いました。特に、食用に適した植物は、全部を採取するのではなく、必ず根や地下茎を残し、何年もの先にもまた食料が確保できるように大地に配慮ながらの採取でした。春夏秋冬に様々に採取できる植物や動物、魚介類は集落の栄養源になるとともに、長い冬の間の食糧として、また、飢饉などに備えるために蓄えられました。調理には、焼く、煮る、炊くという調理がなされました。この中でレイラはオハウ、特にチェップ(鮭)の入ったチェップオハウが大好物です。だから、秋に遡上してくるチェップが取れる時期が一番大好きでした。
盆地である上川の地は、夏は暑く、冬は凍えるような気象が続きます。ただ、春は雪が解けて厳しい寒さも和らぎ、山では山菜が地面から芽を出し、また凍結した川の氷も解けて、豊かな魚介類が捕獲できます。広大な大地には動物たちの活動も活発化し、狩猟の始まりとなります。また、秋は実りの季節。様々な食用の植物が実を付け、大切な炭水化物であるアワやヒエも収穫の時期を迎えます。そして、大河であるイ・シカラ・ペツには食用や備蓄用として最大の食料であるチェップが遡上してきます。チェップの捕獲にはコタンの老若男女を問わず全員が参加して秋のご馳走を手に入れるのでした。
そんな秋のある日の事、エカシ(長老)が今年最大のチェップの遡上の日をコタンの人々に告げました。集落の人々はその日にイ・シカラ・ペツに向かい、ラウオマプ(漁労用のかご)やマレプ(引っ掛け漁用の棒)を用意しました。