小説

『レイラ~カムイコタンものがたり~』難波繁之(アイヌ民話・伝承『神居古譚 〜魔神と英雄神の激闘〜(北海道旭川市)』)

 上川アイヌが住む所を流れるイ・シカラ・ペツはいくつもの難所があります。川幅は急に狭くなった、大きく湾曲したりして、その膨大な水量が作る渦や急流は上川アイヌの人たちをいつも危険な場面に出会います。しかし、レイラは小さなチプ(丸木舟)で下流へと漕ぎ出しました。イ・シカラ・ペツの急流に負けないように、イソンノアシの無事だけを必死に祈り漕ぎ続けました。
 下流に向かってすぐに、草木の焼けた匂いがレイラの鼻に入ってきました。前方を覗うと少し靄がかかったように煙が見えました。レイラは急いで櫓を漕ぐと、大きな火炎弾が一人の男に浴びせかけられています。レイラは叫びました「イソンノアシ!こっちよ!助けに来ました!」イソンノアシは気が付きました。「レイラ、この場を立ち去れ!危険だ!」「だめよ!このチプに乗って!」イソンノアシは川を泳いでレイラのチプに向かってきました。レイラは精一杯手を伸ばしてイソンノアシの手を捕まえようとした瞬間に、ニッネカムイが放った火炎弾がレイラのチプの近くに落ちました。「ドドド!」という大きな音と波しぶきがレイラに襲い掛かりました。それでもレイラは手を伸ばしてイソンノアシの手首を掴み、チプに引き上げました。イソンノアシの着衣は焼け焦げていて、脇腹には深い火傷がありました。「イソンノアシ、こんなにひどい怪我を・・・」レイラは涙が止まりません。イソンノアシの脇腹の傷口をチマキナ(ウド)の根の煎じ汁で洗い、ピパ(沼貝)の殻を焼いた粉末を熊の脂で練った軟膏を塗りました。
 それでもニッネカムイからの火炎弾は二人の小さなチプを襲い続けました。「イソンノアシが死んじゃう!」レイラは決心しました。自らの身を引き換えに愛する恋人を助ける決断をしました。レイラは小さなチプから立ち上がり、天に向かって祈りました。「チョウザメの神『シャメカムイ』様、文化の神『サマイクルカムイ』様、日高の神『オキクルミ』様、海の神『レブンカムイ』様、熊の神『キムンカムイ』様、多くの神々様、私の命と引き換えにイソンノアシとコタンの人々をお守りください」と言ってレイラはイ・シカラ・ペツの中に身を投じました。イ・シカラ・ペツの緑の中深く吸い込まれていくレイラ、手を固く合わせ神々に深く祈りました。
 コタンの人たちもレイラやイソンノアシの事が心配でイ・シカラ・ペツの川岸に集まっていました。「レイラよ、イソンノアシよ、大丈夫かー?」しかし、コタンの人たちが見たものは沈みゆくレイラの姿でした。その時、レイラに眩しい光線が降り注ぎました。そして、天空から神々たちが次々と降臨してきました。チョウザメの神『シャメカムイ』がニッネカムイの所に降り立ち「魔神よ、もう悪さはさせない。神々の罰を受けよ!」神々からたくさんの鋼の光線がニッネカムイに突き刺さりました。「ギャーッ!」断末魔の叫びをあげてニッネカムイの体はドロドロに溶けてイ・シカラ・ペツの中央に流れ、大きな岩となりました。
 神々たちは、レイラの遺骸を天に向けて七色の光の束で送り出しました。レイラは小さな光の粒となり天に召されたのでした。今までどす黒い雲に覆われていた空にはレイラの虹がかかり、美しく晴れ上がりました。コタンの人たちはイソンノアシの所で駆け付け、チプからイソンノアシを降ろしてテタラペ(衣類)に包みました。イソンノアシはやっと意識が戻りコタンの人たちに聞きました。「レイラは無事か?」コタンの人たちはレイラの最期のことを話しました。イソンノアシは叫び声を上げて泣きました。「レイラ。愛するレイラはもういない」。

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