小説

『粗忽ノーフューチャー』平大典(『粗忽長屋(江戸)』)

 到着するなりドアを思い切りたたき散らかす。自分が所有するマンションだ。ご近所迷惑など顧みない。マスターキーで勝手に扉を開け、玄関に侵入し「おい! クマ!」と叫ぶに至る。
「ふああ」しばらくすると、クマが欠伸をしながら、部屋の奥から出てくる。針のような髭を生やした大男だ。「せっかく昼寝をしていたというのに。なんですのん、八さん」
「呑気に昼寝なんぞしている場合かよ」八さんは、目を見開く。「おい、クマ公、お前が商店街で倒れていたぞ!」
「へぁ?」
クマは太い指で目を擦る。
「だから、商店街でお前さんが行き倒れになっておったんだよ。今さっきそこの商店街で見かけたんだ。俺はもう驚いて驚いて……」
「そんなわけないでしょ。僕、ここにいましたもの」
「さっき具合が悪いって言っていただろ?」
「昨日の夜、飲みすぎちゃってね。二日酔いだからもう回復してきて……」
「そんな呑気なことを言っている間によ、商店街で倒れたんだよ。ただ、お前さんはどうしようもないおっちょこちょいだ。きっと倒れたのにも気づかずに、マンションへ帰ってきちゃったんだよ」
「ううむ。よくわかんないなあ」
 八さんはクマのぶっとい腕を掴み、部屋から引っ張り出す。
「よくわかんない、それが証拠だよ! 普段からぼうっとしているから、自分が倒れてんのも気づかねえんだ」
「そっかぁ」
クマもクマで優柔不断な人間であり、八さんの勢いに押され始めていた。
いや、クマだって自分が商店街で倒れているはずなどないと重々理解していたが、八さんがこの調子になると、言うことなど聞かないことも事実だ。こういうときには、八さんに刃向わずにとにかく流れに身を任せてしまうのが、クマにとって一番コストが低い選択なのであり、「飲み過ぎるとそういうこともあるかもなあ」などと適当なことまで言い出す始末なのである。
「四の五の言ってねえで、現場へ行くぞ!」
 クマは八さんの後ろに続き、とぼとぼと歩き出す。

 
 一方の現場。
 若い警官が、ジョン・ドゥをなんとか介抱しているところへ、やっと二人が来る。
 八さん。そしてもう一人は……。
 思わず、警官は顔をしかめてしまう。
 ジョン・ドゥとは似ても似つかぬ、髭面のおっさんだったからである。
「おじいさん」警官が早速八さんを質問する。「これが、本人?」
「おう」八さんは隣に立つクマを指差す。「これがクマだ」
  一方のクマは呆然としながら、ジョン・ドゥを見つめる。「八さん、これが僕なのかぃ? 顔つきが違う気がするけど」
「なあに言ってんだ。クマ、これは確かにお前だ。ちょっと色が白いけど、なんだっけ?」
「クローンですから」警官は腰元からタブレットを取出し画面を操作する。「クローンというのは、元々核移植で別のコピーを生み出す技術です。近年では、技術の発展に伴い、軟骨細胞や筋細胞まで調整可能で、短期間のうちに成人男性程度ならまったく遜色なくコピーが作れます」

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