小説

『粗忽ノーフューチャー』平大典(『粗忽長屋(江戸)』)

 若旦那は現場に背を向けて駆け始め、野次馬を押しのける。
「こら!」警官が追いかける。「待ちなさい!」

 
 警官は若い優男を追いかけてどっかへ消えてしまった。
 残されたのは、ジョン・ドゥと八さんとクマだけ。
 周りの野次馬たちもさすがに飽きてきたのか、少なくなっている。
「クマ公。さっきの警官、ここにいろって言っていたけど。捕まりたくはねえな」
「事情を聞きたいだけじゃないのかな? それにこの行き倒れた僕も放っておくわけいかないし」クマは顔中に生えた髭を撫でた。「わからないなあ。倒れているのは僕だけど、じゃあ、ここで見つめている僕は一体誰なんだい、八さん」
「そりゃあ、おめえ、もう解決したろ」
「へ?」
「どっちもクマ公だったんだよ」
 クマは、ジョン・ドゥを見つめる。
 さっきの若い男に似ているが、だんだん自分にそっくりなような気もしてきた。
 胸の奥からあったかい気持ちが湧き出てくる。
 クマは、ジョン・ドゥがクマではないことに気が付いていたが、なんとなく良い友達になれる予感がした。
「この俺、連れて帰っていいかい?」
「あたり前だ! クマが住んでいるのは、俺のアパートだ。さっさと帰って、飯でも食おう」
 八さんとクマは、ジョン・ドゥの肩を組んで、家に帰ることにした。

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