今日が終われば夏休みだってもんだから、子供らの足取りは夏休みを先取りしたような軽やかさ。
そんな中、ペタペタと間抜けな足音。ビーサンの主は、半ズボンに白いランニングシャツに日焼けした肌の平次だ。昭和85年生まれといった具合。
ピンポーン。平次がマンションの集合玄関の呼び鈴を押すと、インターホンの向こうから高志のママの声。
「平次君、おはよう。毎朝ありがとうね」
しばらくして平次の前に現れたのは、タッセルローファーにセンタープレスのショートパンツにノリの効いた白いシャツの高志だ。
二人は視線を合わせただけでこれといった挨拶はなく、平次はセミの抜け殻を見つけ、高志は北杜夫の本を広げ歩き出す。チンタラチンタラと。
このチンタラ、高志が考案し、平次が名付けたアラビアンウォークという歩き方だ。ある日、高志の目はテレビに映る中東の 街に釘付けになった。というのも行き交う人たちが皆、チンタラ歩いているからだ。なるほど、暑さ対策でチンタラしてんだな、こりゃ使える、と高志は夏の到来を待ってチンタラを試したが、あっさり平次を追い抜いた。高志のチンタラは平次のチンタラに比べたらスタコラサッサだったわけだ。以来、高志は平次の歩調に合わせて登校するようになった。
「ペン回し見せて」
校門前に来て、ようやく平次が口を開いた。
高志は少し恥ずかしそうに、しかし誇らしげに胸ポケットに常備されているペンを取る。でもって指と指の間をクルクルリ、手の甲をクルリ、人差し指と親指の間にクルリンパとペンを落ち着けた。
「すっげー!」
平次は大げさに驚きながらヒョイと学校の敷地に入った。ところが高志はあと半歩で敷地内だというのにピタリと歩みを止める。
「じゃあね」
と、高志は来た道を引き返す。
「高志。今年も夏休みの宿題手伝って」
平次は高志の背中に投げかけた。今年も、と言うことは図々しくも去年、宿題を手伝ってもらったわけだ。
「今年は一人でやりな」
つれない返事の高志。
「双眼鏡で学校見てるんだって? 面白いか?」
平次が訊いた。
「双眼鏡なんて持ってないし」
そう言って、高志は登校する生徒たちの中を逆行してゆく。
高志が家に戻ると、テーブルに朝食が用意されている。
母親がコーヒーの香りを漂わせながら少し残念そうに、
「今日も校門まで?」