「うん。いただきます」
高志はベーグルサンドを頬張る。
「美味しいとか言えば?」
ママが要求する。
高志はベーグルを牛乳で胃に流し込んでママをにらむ。
「双眼鏡のこと、平次に言った?」
「言ってないよ、平次君には」
高志は隣人であり同じクラスの美希を思い浮かべた。
放課後の5年2組には夏休み突入を喜んだり成績の悪さを憂えたりしていた児童たちの姿はすでになく、いるのは机と机をひっつけている平次だけ。
鼓笛隊の練習音と特設サッカー教室の掛け声が聞こえる。
立て付けの悪いドアを修繕しようとやって来た学校用務員の川久保が、平次に気づく。
「鼓笛隊でも特設サッカーでもないなら帰りな」
平次は机を並べただけの寝床に寝そべり、ランドセルを枕にして帰らないことをアピール。
「何で帰らない?」
「宿題やりたくないから」
川久保はドアの塩梅を確かめていた手を止めて、
「宿題やりたくない奴は学校に来ないんだぞ」
平次は鼻で笑い、
「宿題は学校でやるんじゃない、家でやるんだよ。てことは、家に帰ったら宿題やんなきゃなんないじゃん。俺ぁ嫌だよ。だから夏休みは学校に寝泊まりすることにしたわけ」
ま、確かに理屈の上では正しいけれど、未だかつて夏休みに帰らない小学生が、いや、人間がいたか? なんて思いながら川久保は足元のペンを拾う。
「君の?」
「ん? ああ、俺の」
平次のペンではないが、平次はウソをついてペンを受け取り、高志がやったようにペン回しを試みる。まったくできない。
川久保はエアーペン回しをやりながら、
「それ、難しいよな」
「友達に習ったんだけど全然できないんだ。ソイツは俺より勉強ができて、図工もできて、楽器も得意だけど……」
「けど?」
「不登校なんだ」
川久保はカーテンレールの具合を確認しながら校庭を眺め、
「俺も学校に行かなかったなあ。今は毎日来てるけど」
「どうして行かなかったの?」
「何かは分からないけど、何かが違ったんだ、何かが。だから居場所がなくて」
「俺は来た方がいいと思う」