小説

『テクテクと歩く』真銅ひろし(『三年寝太郎』)

 大きな声が聞こえ、目線を移すと少し離れたベンチで主婦らしき奥様方が談笑している。大きい声を出して恥ずかしかったのか、口元を抑えて笑っている。何が嘘なのかはよく分からないが。
「・・・。」
 外出はとても億劫だったけれど、出てみて歩いているとどこか外の空気の気持ちよさを感じる。
『自衛官募集』
 少し歩くと張り紙が貼られている。『来たれ若者!』とも書いてある。
 こんな所で鍛え直して貰ったらこんな自分でも変われるんだろうか?とぼんやりと考える。
 いや、たぶん年齢的にも無理だろうし、行けたとしても三日ももたないだろう。
「・・・。」
 自分のお腹を見る。10年の蓄積を感じさせるお腹。高校生の時はもう少し痩せてすらっとしていたと思うのだけれど・・・。いつの間にかこんなわがままボディーになってしまった。
『高収入!男性募集!』
 建物の目立たない側面に怪しげなチラシが張られている。『時間を持て余した素敵な美熟女のお相手を!』と書かかれ、電話番号が書かれている。
「・・・。」
 詐欺だと分かっていても、もし本当だったら・・・なんて思ってしまう。時間を持て余しているのは自分の方なのに。それにこんなだらしのないお腹をしている自分ではお相手する事なんて出来ないだろう。
 そんな事をぼやっと思いながらテクテクと適当に歩く。歩く。
 そしてコンビニの前を通ると『アルバイト募集』の張り紙がしてある。募集時間を見ると朝も昼も夜も深夜も募集している。
 ここで働いてみようか・・・。
 でも、今更コンビニって、と思ってしまう。一応会社員時代があって社会人を経験したことがあるのに、高校生とか大学生に混じって働くのはちょっと恥ずかしい。昼ならそれを回避出来るかもしれないが、それでも「なんでコンビニでバイトしてんの?」なんて思われるのは恥ずかしい。
「・・・。」
 結局募集の紙をスルーする。
 いつもこんな感じで働くことを速攻で諦めてしまう。たぶん人と関わる事が恥ずかしいんだ。それも分かっている。けれど分かっているけどどうしようも出来ないのが自分なのだ。

 ハァハァハァハァハァハァハァ。

 今度はスーパーの前の電柱に繋がれた犬が、しっぽを振ってこっちを見ている。つぶらな瞳で舌を出してハァハァ言っている。犬種は柴犬だと思う。
「かわいい・・・。」
 思わず口にする。
 触ったら怒られるだろうか?
 でも恐ろしく可愛い。
 触りたい、触りたい、触りたい。
「・・・。」

1 2 3 4