小説

『本懐』紫冬未秋(『雉も鳴かずば撃たれまい』)

「神。天使。最高。見る」
 そんな言葉を聞きながら、私は少し擦れた国語のノートを取り出して開く。探していたページを見つけて机に置く。その中の文章を指しながら、紙をなぞる。
「これ、なんだけど」
 渡里ちゃんは、その三個ある文を吟味して「これをいただく」と言って、自分のノートに書き写していた。それが終わったあたりで、先生が教室に入ってきてチャイムが鳴った。私は正面を向いた渡里ちゃんの背中を見つつ、黒板に意識を向けた。
 昼休み、放課後と時間と授業が続き、過ぎていく。
部活や帰宅する子たちと別れて私は、図書室へ行く。今日はまだ善いことしてないから、図書室委員だし、本の整理でもしようと考えつつ紙の匂いが濃厚な部屋へ入る。
 早速、本棚の整理だ。意気込んではたきを持ち、本棚をはたいていく。気が向いた時や、することがないと、自分でやってしまうせいで、埃はほとんど散らない。それが終わると、たまに来る先生がその様子を見ていたらしく、傍へ来て私を褒める。
 そのあと、少しの談笑をして、先生はすぐに図書館を出ていった。私も借りたい本も貸し出し中でなかったので、適当な本を片手に時間を潰す。そろそろいい時間も経ち、図書館を閉めようと、鍵を先生に貰いに行った。
 鍵も閉め、鍵を職員室に返して、家に帰ろうと下駄箱から靴を取り出して履き替えた。その時、暗い蛍光灯に照らされて一つの靴箱から水が滴っていた。それを見て、男子生徒が遊んでたのかなと、私は気にも留めず、外へ出る。
制服のポケットから、母から言われた買い物リストを取り出し、商店街へ向かう。いまどき商店街じゃなくて、スーパーで買い物しないのか、と母に尋ねて返ってきた答えは「付き合いよ」といった簡素な理由だった。
 リストを見つつ、精肉店の強面のおじさんに声を掛ける。
「おじさーん、いつもの下さい」
 渋い声が相槌交じりに、話しかけてくる。
「喜次の嬢ちゃんは偉いもんだ。俺の息子も見習って欲しいくらいだ、まったく」
 そういいながらぼやくおじさんは、やれやれといった顔で肉がはいったビニール袋を渡してくれる。変わりにお金を渡す。
「そんなことないですよ。翔太君も部活頑張ってるし、私だって本当はお遣いなんて面倒くさいです」
「そうは言ったって、いつも来るのは嬢ちゃんだ。そこは自分をほめていいんだぞ」
 ガシガシと頭を撫でられる。少しだけ胸の奥がむず痒くて、恥ずかしいけれど、微笑んでしまう。これも善い行いだし、日記につけようと思う。
 ぼさぼさになった髪の毛を撫でつけつつ、精肉店を離れる。
「また来ます。それじゃあね、おじさん!」
「待ってるよ。今度はお母ちゃん連れといでな」
 手を振って別れる。軽い足取りで家に帰って、夕ご飯を食べて自室で今日も日記をつける。一日を思い返してちょっとした嬉しさを抱えて眠った。

 

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