小説

『本懐』紫冬未秋(『雉も鳴かずば撃たれまい』)

「こんなの、もう—」

 今日も善い行いをした。図書室で本を取ろうとしている身長の低い男子生徒に本を取って渡してあげた。とても細やかな行為だったが、恥ずかしそうに「ありがとうございます」と感謝して立ち去る彼を見送るのは、気分が良いものだった。
 一日一個何でも良いから人の助けることをすると決めて、私は中学生になった。その行いを毎日日記につけて、記録し始めて約一年経つ。
 私は、善人になろうとしている。小さなことでも良いのだ。人が転びそうになったのを支えるだけでもいい。それくらい小さなことを自身に決めて生きている。中学から仲良くなった友人に秘密事のように話したら、その子は「偽善者になりたいの?」と捻くれて意味を取ってしまったから、誤解を解くのが大変だった。私は心の狭い、そんな人になりたい訳じゃない。
 上辺だけの人間になりたい訳ではない。強いて言うなら、道徳に書いてあるような人になりたい。そんなことを思い立った理由はなくて、きっかけは、衝動的に、たったそれだけ。
 私は、日記に明日の日付を書いて薄い学習ノートを閉じた。もうページも半分ほど埋まってきているから、次の新しいノートはもうちょっと可愛いノートにしようかなと思いつつベッドに潜って、目を瞑る。睡魔はすぐやってきて、眠った。
 次の日は、晴れ。今日も退屈でつまらない学校に行く。学校に着いて、もう教室でくつろぎながら、駄弁っているグループに挨拶をする。
「おはよう」
「おーはー。金曜だ、早く家に帰りたいよ」
 一番仲のいい女の子で、私の秘密を知っているのも、この渡里(わたり)ちゃんだ。私を見て、退屈を持て余しているのか、だるそうに笑っていた。
 いつものグループの子たちもその冗談に笑う。
「まだ、学校も始まってないよ」
「退屈は人間強度を下げるんだよぉ、知ってたかー?」
「それは、知らなかった」
「おら、退屈やぞー」
 いつも通りの授業前の会話だ。つまらないといえばつまらないし退屈だけど、このグループは面白いから、笑っていられる。たまにギスギスした雰囲気になる時は、私か渡里ちゃんが仲介して仲直りさせて、バランスを取ってる。だからといって、仲介が嫌だとか思うことはなくて、仲直りさせれば善い事をしたって思えたりする。
 グループから離れて、バッグを自分のテーブルに置いて、椅子に座る。渡里ちゃんは私の後に続き正面の席へ座った。そのままこちらを向いて話しかけてくる。
「ねー、今日の国語の授業で宿題あったっけ?」
「あったよ。日本の昔話から一つ古文の文章を抜き出してくるっていう宿題」
「うーわ、何のためか分かんない宿題だ。見してって言いたいけど、かぶってたら絶対あの先生文句言ってくるよね」
「どうだろ、いい顔はしないかもね。けど、私、三個くらい文抜き出して書いてあるし、一つ使ってもばれないと思うから、見る?」

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