小説

『森の香りの人』小山ラム子(『檸檬』)

「すみません。単純に気になって聞いただけだし、そんな飲酒運転を疑うようなこと思いませんから」
そう言いつつも、おねえさんの必死な様子に思わず声に笑いがにじむ。それを見て冷静になったのかおねえさんも照れたような笑みを浮かべた。
「そうですよね。なんか騒いじゃってすみません」
 おねえさんは深々と頭を下げた。さっきまで見つめていただけの対象だった人が自分に対してこんなにも丁寧な態度をとっている。
 高い場所から街を見下ろして風に吹かれているような気分になった。
「全然大丈夫ですよ。あの、そのお酒香りがいいんですか?」
「ああ、うん。クラフトジンっていって基本的なジンの材料以外に個性的な素材をつかったお酒なの。最近人気でね、ご当地ものとかもあったりして」
「へー」
「あ、ごめんなさい。未成年、だよね?」
 風はすぐに吹き止んだ。
「別に飲ませてなんて言わないですよ」
「あ、いや、そんな風に思ったわけじゃなくて、こんな語り始めて迷惑かなって思って」
 おねえさんのあわてた様子にミウちゃんを思い出す。「部屋に入れて」とにゃーにゃーと鳴き騒いでいたのを放置していたら、不貞腐れて押し入れにこもってしまったミウちゃん。おねえさんがミウちゃんに似ているわけではない。似ているのはあのときと今のわたしの気持ちだ。
「迷惑じゃないです。わたしから聞いたんだし。あの、じゃあ展望台いってからそのときにかぐといいですね」
「あ、うん! そのつもり!」
 にっこりと笑ったおねえさんの隣に並ぶ。自然とそのまま二人で歩きはじめていた。
「ここに来るのは今日が初めてなんですか?」
「そうですね。散歩が趣味で。公園とか散歩コースとして整備されてる遊歩道とか、色々調べて歩いてるの」
「お酒もいつも持ち歩いてるんですか?」
「あ、いや! これは最近の趣味! 友達にもらってからはまっちゃって。その中でもこれがお気に入りなんだ。香りがすごく良くて。それで幸せな気持ちのときにすかさずかぐの。香りってやっぱり記憶と結びついてるからさ。そしたら家に帰ってきて疲れていても、このお酒を飲んだら幸せな気持ちになるんじゃないかなあと思って」
「それ面白いですね」
「あ、すみません。また語ってしまって」
「いや、それ良いアイディアです。わたしも何か持ち歩こうかなあ。アロマオイルとか」
「そうだね。さすがにお酒はあれだよね。あーでもそっか。深く考えないで『このクラフトジン持ち歩いて色んな場所でかごー!』とか思ってたけど、そっか。わたしは思い出をここに閉じ込めておきたかったんだな」
 おねえさんは小瓶を取り出して太陽に透かしてからふふっと微笑んだ。わたしがじっと見ているとあわててまたポケットへと小瓶を戻した。

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