小説

『森の香りの人』小山ラム子(『檸檬』)

 心臓がどくんとおおきく鳴った。これだ。ボトルを確認する。ネットで調べたら予測変換で出てきたものだった。もしかしたらおねえさんが最初にプレゼントされたものはこれだったのかもしれない。
 相変わらずあの頃と同じ入浴剤を煮詰めたような香りだ。期待した香りではなかった。いや、香りに変わりはないのだ。わたしが確かめたかったのは自分がどう感じるかであった。
 キャップを持ち上げて、息を止めて一気にあおった。のどを熱い液体が通りすぎていく。頭の奥がジンとして、鼻の奥から強烈に香りがつきぬける。
 目を閉じるとおねえさんの姿が浮かんできた。なに飲んじゃってるの、とあわてふためく様子に思わず笑いがこぼれる。
 わたしもう未成年じゃないですよ。
 でも無理して飲むことないでしょ。
 おねえさんと同じ景色が見たかったんです。
 他のクラフトジンを慎重に本体に戻してからキャップをしめる。お酒好きな友達は多いし、適当に配ろう。
 おねえさんが飲んでいたクラフトジンもキャップをしめてから、ふと思いついて飲み口の広いグラスに水をそそいだ。
 もう一度キャップを開ける。そのキャップにほんのちょこっとそそいでから、そのまたほんのちょこっとをグラスにいれた。ア ロマディフューザーにアロマオイルを垂らすがごとく。台所から箸をもってきてかきまわす。
 ゆっくりとグラスを顔に近づけ、目をつむって深呼吸をする。思わず目を見開いた。
 おねえさんの小瓶に閉じ込められた記憶の欠片達。それらに囲まれて笑っているわたしがいた。

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