小説

『鑑定眼』三坂輝(『魔術』)

「ここにはアートを聞きかじった奴しかいないしね」
 彼らにとって私は、少しアートを知っている田舎の大工の棟梁くらいにしか思われていないことはわかっていた。それでも、わずかなプライドの拠り所が崩れたことを自覚せざるを得なかった。

 私は、会合に来ているなかでは気の合う社長から、彼を紹介してもらった。
 胡散臭さと清潔さを兼ね備えた不思議な男というのが、彼の第一印象だった。年齢は若いと聞いていたが、さすが社長たちとよく話しているだけあって、政治経済の話題に堪能だった。それでいて、私のような田舎社長とも丁寧に話をしてくれた。
 はじめは、当たり障りのない政治経済の問題などを話し、アートの話はしなかった。
 3回目に会った際に、自分から、アートに興味を持っていることを話すと、彼は自宅に招待をしてくれた。コレクションを見せてくれるという。
 タワーマンションの高層階に彼の自宅はあった。
 彼はまず廊下に飾った絵画を見せてくれた。ビビッドな色調でベタ塗りされながら、それでいて陰影ある立体感が特徴的な、現代アートの巨匠の作品だった。最近、18億円もの値段がついたとニュースで伝えているのを見たことがある。しかし、彼はこれを10年も前に100万程度で手に入れたらしい。
 次に見せてくれたのは、花をモチーフにしたオブジェ。海外の作家によるもので、日本で見かけることは少ないが、ブティックブランドとのコラボレーションなど、話題には事欠かず、アートに興味がなくても知らない人はいないと思われる。これもまた作家の黎明期に買い求めたという。
 けれども、彼はいつ、いくらで手に入れたかは気にしてなかった。それよりも、作品への思い入れにこそ価値を見出していた。
 私は涙が出そうになった。
 日頃、社長同士の会合では、作品の価格ばかりが話題になる。しかし、それは違っている。アートは他者がくだした評価ではなく、あくまで自分が感じた評価にこそ、価値があるべきだろう。そして、正にこの価値観でアートを手に入れ、一方で社会的な評価をも手に入れている彼に私は心から尊敬の念を持った。
 私も瑞々しい才能と出会いたい!
 私は彼に頭を下げた。
 その魔術と言われるまでの鑑定眼を教えてくれないかと。
 彼は言った。

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