「喜明はさ、あんたの両親に仕返ししたいって思っただけなんだよね」僕は言った。「大学生になって、大人になったって自我が芽生えた矢先、せっかくあんたみたいな彼女を手に入れたのに、その親に指図されて、頭に血が昇ったんだよ。自分の行動を否定されて、あんたと別れさせられることになって、結局はガキらしく反発しようとして、しそこねたって、ただそれだけ。あんたの為に自分の人生かける気なんて、元々なかったってこと」
「・・・・・どうして、そのこと・・・どうして健太くんがそんなこと言うの?」
「俺さ、いつも大学でランチは一人で食べるの。食事中に話しするの嫌いだから」
「え?」
電車が来て、去っていく。休日の早朝で人数は少ないけれど、僕ら以外の人間によって、乗り降りが繰り返されている。人が動いて作られた風が、僕らの周りを囲って、ここが止まっていることを浮き彫りにしているみたいだった。そんな場所で彼女が何時間も自分を待ち続けるとわかっていながら、喜明は透子をほおって帰ったのだ。
「キャンパスにある穴場でさ、ほら、人があんまり来ないとこ、あるでしょ?木が植えられてる場所。こう、楕円になってて、その周りにいくつかベンチがある」
「ああ・・・」
「水曜日に、二人、いつもそこで話してたじゃん。まぁ、お互いの場所は死角で見えないんだけど」
「あそこにいたの?いつも?」
「俺さ、耳が異常に良い訳。普通じゃ何となく聞き取れる程度なんだと思うけど、もう、聞きたくなくても二人の会話、丸聞こえだった。俺が違うとこ移ろうかとも思ったんだけど、あそこよりいい場所なくて、結局、聞き続けてた。俺が聞いてるってこと、二人が知らなきゃいいかと思って。それは、ごめん」
透子は、困ったような顔をして、微かに首を横に振った。
「それ、もう、怒っても、意味ないよね」
「怒りたければ、怒れば?喜明が来ないことと、俺が盗み聞きしてたこととは関係ないし」
「・・・いいよ。健太くんがいた場所に、たまたま私たちが来たってだけでしょ。それにもう本当に、何も、ないんだし・・・・」
「あ、泣くとかマジでやめて」
思わず口をついて出た言葉に、透子はハッとして、涙を堪え、すぐに謝った。
「ごめんなさい」
「いや、謝られるのも気持ち悪い」
透子はに少し目を見開いて、固まった。それが結局、僕自身を戸惑わせる。
「あの・・・ごめん。あのさ、まず、喜明をムカつこう。そもそも駆落なんか持ちかけたのあいつだし、適当なこと言って、あんたを振り回したんだからさ」