小説

『白』和織(『駆落』)

「でも・・・私と付き合ったせいで、嫌な思いしたと思う。迷惑、かけたから」
「だから?何されてもイーブンな訳?まぁ、一も百も同じ迷惑行為だけどさ、一でもない奴が自分を一だと思い込んだら、簡単に百に潰されるよ?」
「・・・何の、話?」
「本当にあんたのせいであいつが迷惑したのかってこと。あんたが望んだ訳でもなく、あんたの両親が自分たちの為に勝手にやったことでしょ?・・・・・ああ、だからさぁ、要するに、もう、一人で行けってこと」
「は?」
「俺は見送りに来たんだよ」
「何言ってるの?」
「一人じゃ駄目なの?」
「だって・・・」
「今まで自分で決めたことなんて一つもないんでしょ?何も許されてこなかったんでしょ?あの家に居たら、これから先ずっとそうなんでしょ?生まれたときから付き合う相手を選別されて、通う学校も、就職する会社も、その会社をいつ寿退職するのかも、その相手も、子供何人産むのかも、全部決まってるんでしょ?」
 僕は彼女があのベンチで口にしていた現実を、改めて本人へぶつけてみた。透子はまた、フリーズした。目だけが、少し揺れている。きっと、今までの回想、地獄の走馬灯を見ているのだ。こういうとき、人間は本当にこういう顔をするのかと、僕はちょっと感心した。
「親が望む完璧な娘として生きてくの?つーかそもそもあんた、本当に男が好きなの?あんな馬鹿と一回恋愛ごっこしたくらいじゃ何もわかんないよ。絶対に男としか恋愛しないって言い切れる?もし違ったら?それがわかったときどうすんの?今家に戻ったら、自分にとっての喜びとかを見つける度に、それと断絶されるって経験が、積み重なる人生になるかもよ?」
 僕の駄目押しに、彼女は顔を上げる。その表情は、ちょっとだけ、マシになっている。
「二十歳過ぎてるっていうのに、あんた、今のままじゃ気持ち悪すぎる」
「私って、気持ち悪いの?」
「純粋無垢な存在を、人が目にする瞬間に価値はあるけど、人間がそのままでい続けることになんて、何の意味もないよ」
 僕がそう言うと、透子は眉を寄せてから、少し笑った。
「私、健太くんの言うこと、全然わからない」
「・・・もう、行きなって」僕は立ち上がった。「金、少しは持ってきたんでしょう?」
 透子は僕を上目遣いに見てから、後ろめたそうに頷いた。
「自分で稼いだものじゃなくたって、あんたがもらったものならもうあんたの金だよ。金に罪はない」
 僕がそう言うと、透子はゆっくりと立ち上がった。僕はバックから封筒を取りだして、それを彼女に渡した。
「何?」
「正真正銘、俺がバイトで稼いだ百万」
「もらえる訳ないでしょう」

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