小説

『秋の修羅』六(『赤ずきん』)

 これ、美味しいねえ、もぐもぐ、ごくん、ああ、美味しかった。プラスチックで大量に生産された人参やピーマンを、プラスチックの包丁で刻んでプラスチックのフライパンで炒めただけの素材感溢れる料理を曽祖母はいつも美味しそうに食べてくれていた。
 食べてくれていたのになあ……

 秋雨が続き干せていない羽毛布団と、その下にのぞくポリエステルのけばけばしいピンク色の毛布と、よれたベージュのタオルケットの層がその奥に見える、手すりのあるベッドの上でその日中のほとんどを過ごすようになった曽祖母は、その年の初めにいわゆる認知症患者の一人になった。佳世の両親のことを自身の両親だと捉えている一方で、曽孫の佳世のことは道代という、親族も友人知人の誰も知らない女性として認識し、これまでの関係性の全てが失われてしまったのではないかと思うほど酷く当たるようになった。曽祖母の担当医からは、人が変わったようになることもままありますし、架空の人物が現れることもあります、彼女が生きておられる世界を一旦受け取りつつ、全て受け入れる必要はありませんから、適当にやり取りされていくのがいいですよと諭されていた。しかし佳世は、そんな器用に立ち回れる人間ではなかった。
 大学教授として勤務する両親はただでさえ忙しく、出張で実験ともなれば一日のうち二〇時間も付きっきりになり、こちらから連絡を取ることも躊躇われてしまう。幼少期から人に迷惑をかけまいとする感性を持つ、大学受験を終えたばかりの佳世に曽祖母の世話の全てが担われてしまうことを恐れて、両親は訪問のデイサービスを運営している会社を数件回り、費用はかかるが丁寧にケアをしてくれそうな会社に週五日のサービスを委託した折に、この世界を感染症の波が襲った。

 桜が咲き誇る都内の四年制大学のキャンパスの中をあゆむはずだった佳世は、マスクをつけた曽祖母を東京近郊の桜もない小さな公園まで散歩させることが日課となってしまっていた。その間も佳世は道代という見も知らぬ女性の影を与えられ、数多の暴言や嫌がらせ、あるいは暴力を受け続けた。ある夏の日などは、公園の散歩を終え家に戻ると、玄関先に配達員の姿が見えたため曽祖母を一旦庭に待たせて受け取りの手続きをしていると、曽祖母自身の生家を増築して建造された、祖父の設計からなるその三世帯住宅を、ここは道代の家だからといって蔵にある鋸を取り出して壊そうとさえしていた。道代がいるところは全て呪われる、あいつこそが呪いだからだと佳世のことを指差し、叫びながら。

 私はここにいないほうがいいのかな……

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