小説

『秋の修羅』六(『赤ずきん』)

 その日の夕餉の時間、佳世がその日の顛末を告げたのちそう両親に相談をすると二人は涙ぐみながらかぶりを振り、席を離れ、机を挟んで向かい合っていた佳世の方に歩き出して抱擁した。佳世の憔悴ぶりを見て両親は、訪問が困難になったデイサービスでなく、近隣の認知症相談可・終身利用可・看取り対応可の老人ホームに急ぎ入所させることに決めたようだった。しかし感染症の波はあらゆる弱き人々を拐っていった。入居を希望していた老人ホームの近くの施設で集団感染が発生し、すぐ転居が可能になることはなかった。そして佳世は、オンラインを介して大学の授業に参加し課題に追われながら、曽祖母の介護を引き受け続けた。食事の世話を終え食器を片付ける段になると大抵、曽祖母の意図的な吐瀉物をその手に受け続け、決してほつれてはいけない糸を日々擦り切らせていった。

 私が何をしたの……私は一体、誰なの?
 吐瀉物を受けた佳世がそう呟くと、曽祖母は最初言葉にするのも憚られるような下卑た言葉を聞いたかのように眉根を潜めた後、しかしその佳世の吐瀉物にまみれた手を見つめるうちに笑いがこみ上げてきたようであった。
「お前は自分の過ちも知らないのか」
 知らない。佳世は疲れ果てた声で応えた。
「私の目はお前の過ちをちゃんと見ていたよ」
 何をしていたの、私は。佳世は心の底で沸騰している殺意を乗せながら、手に受けた吐瀉物を拭きつつ応えた。
「お前が河に毒を流していたのを、見ていたからね」
 本当に? 私が毒を持っていたの?
「私の耳があの日の前の夜、お前の話し声を河べりでちゃんと聞いていたよ」
 私は、毒で人を殺したの?
 佳世が初めて曽祖母の顔を見据えながらそう尋ねると、それまで笑みを浮かべていた曽祖母は一瞬戸惑ったように、いや、曽祖母の身体の中に埋め込まれていた全ての機械が停止したかのように、無表情になった。そしてこう告げた。
「いや、お前は……何もしていないよ、むしろ…………されたんだ」
 佳世は次第に、「何か」が、曽祖母を通して語っているようにすら思われた。曽祖母の視線の先にある、自身が横たわるベッドに面した窓の外から、少し暮れ始めた陽光が彼女の顔を照らし出し、その皺の畝の一つ一つの奥にある陰を浮かび上がらせていた。曽祖母の闇と繋がっているらしいそれらと対峙する恐怖の影を掌に感じ、無意識にそれを握りしめながら、佳世は再び祖母に尋ねた。
 …………私は、何をされたの。

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