小説

『スワンボート』吉岡幸一(『ハムレット』)

 シェークスピアが書いた『ハムレット』に自分をなぞらせてしまったといったら大げさでしょうか。ハムレットの父のデンマーク王が急死した後、その弟のクローディアスが母と結婚します。あまりに早い結婚にハムレットの心は沈みました。父が弟のクローディアスから毒殺されて死ったことをを知ったハムレットは復讐を誓うのですが、僕の父は叔父から毒殺されたわけでもありませんし、僕が叔父になにか復讐をしようと企てるようなこともありません。母の再婚相手が事もあろうに叔父だというのは騙されたようで腹立たしくさえありますが、母が望んだ結果ならば受入れなければならないと思っています。僕は子供であっても子供らしく振る舞うことは苦手でした。友だちからは冷めていると何度も言われたことがあります。その通りでしょう。しかし冷めていたとしても、凍り付いてまではいないのです。
 街に居場所を見つけられなかった僕は街はずれの公園に来ていました。かなり大きな公園で一周二キロはありました。公園のまん中には大きな池があり、岸辺には十隻ほどのスワンボートが船着き場に並べられていました。夜なので営業はしていません。休日の昼間に訪れたなら、いつもスワンボートにはカップルや家族連れが楽しそうに乗っています。僕も亡くなった父と乗ったことがあります。まだ小学生のときだったでしょうか。父が額に汗を掻きながら必死に漕いでいたのを鮮明に覚えています。何を話したのかは覚えていませんが、父が楽しそうに笑っていた顔は忘れることができませんでした。
 風がない日でしたので池の水は揺れることもなく周りの木々を鏡のように写していました。僕は岸辺沿いにある石のベンチに腰をかけていました。すこし身を乗り出して池をのぞき込めば僕の顔もきれいに写りました。雪が降り出しそうなほど寒い晩でしたが、急いで家出をしたので手袋とマフラーをするのを忘れてきました。指先が凍えて痛み、膝が震えてきます。どうしてこんな想いをしなければいけないんだ、と思いましたが、こんな思いをすることで、なんとなく家出が正当化されていくようでもありました。
 日が昇るまでここで過ごすつもりでした。夜遅くにもかかわらず時々ジョギングをする人が背後を走って行きます。外灯もたくさんついていますし、遠くにはビルの明かりも見えます。寒いことを除けばそれほど怖いとは思いませんでした。自動販売機もありますし、体を温めるために熱いポタージュスープを買うこともできそうでした。
 しばらくじっと池を眺めていました。考えなければならないことがたくさんありましたが、何も考えたくはありませんでした。母は心配しているだろう。叔父は怒っているかもしれない。そんなことが頭の隅をよぎっては首をふって打ち消しました。
 遠くから池の上を滑るように何かが近づいて来ます。スワンボートのようです。中には男の人が一人乗っているのが見えます。営業もしていないのに、しかも夜だというのに、不思議に思ってみているとスワンボートは真っ直ぐに僕に近づいて来ました。やがて乗っている男の顔がはっきりと見えました。父です。亡くなった父がボートを漕いでいました。
「乗らないか」

1 2 3 4