小説

『ひびわれたゆび』高野由宇(『炭坑節(福岡県民謡)』)

「お疲れ様ー、サトちゃん今どこー?」
「今ステーション向かってるよー」
「あーおっけ、俺さっき一旦抜けて久保田さんの件謝りに行って、今またステーション戻ってるとこ」
「なんかまだ十六時指定の荷物終わってないって」
「げ」
「だいぶテンパってた」
「おっけー、んじゃ急ぎまーす」
「はーいお願いしまーす、俺も急ぎまーす」
「はーいお願いしまーす」
「はーい」
 通話を切る。
 渋滞している道が、赤信号で進まなくなった。
 踏ん張っている右足を、サイドブレーキにかえる。
 仕事のもので散らかった助手席の、窓の向こうでは年末に向けた飾りつけがキラキラと光っている。
 停まっている俺の横を、色んな世界の人が通り過ぎて行く。
 キラキラした冬の表参道を、人や流行や力が、キラキラした方へと歩いて行く。
 忙しさと忙しさの空白でふと、正気の溜息が出た。
 関係ない眩しい街で、誰かのひと時を満足させる為に、なんで俺は沈みそうな重さの劣等感積んで走ってんだよ。
 なんで全然進まねえんだよ。やっぱさっき左折すりゃよかった。いつんなったら青になんだよ。今更嘆いても遅せえんだよ。全部お前のせいだろ。
 ――――。
 前の車のブレーキランプが消えた。
 信号が青になって、車が動き出す。
 もう何も考えるな。余計なものは表参道に捨てていけ。
 俺みたいなバカは元気だけ背負って笑ってりゃいい。
「おーしぃっ!」と気合の大声を出す。
 ハンドルに迸った唾をひび割れた指で消しながら、忙しさに向かう為に右足を踏ん張る。
 ステーションに辷り込むと既にボスがライ君と合流していた。
 ライ君は自分の車からボスの車へと荷物を移して、ボスは積まれていく荷物を端末でスキャンしている。慌てて俺も混ざる。
 挨拶もそこそこに二台の車と別れて振り分けられた荷物を配っていく。
 毎日のように荷物がある小林さん家は、玄関に置いたままの昨日届けた箱をチワワが引掻いている。たまに飴とかお菓子をくれる桜井さんは急ぐ背中に労ってくれる声が温かい。ライ君お気に入りのパジャマの可愛い池田さんは今日は彼氏さんが受け取ってくれた。走っている間に昨日不在表を入れた阿部さんから本日二十二時過ぎに来れないかという連絡、最近は会社側が勤労時間に煩くて、と丁重にお断りすると怒っちゃった。最近の天敵タワーマンションの警備員さんは大理石のロビーの番人で、ダメだってぇ傷付くでしょこれダメ、とカートを厳しく取り締まっている。ゴジラでも入ってんじゃないかと思うクソ重い段ボール三箱を載せたカートにゴジラみたいな剣幕で炎を吐いている。
 通販サイトの箱。小さい箱と大きい箱。人差し指で買う。みんなが喜ぶ笑う箱。中身は便利。

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