小説

『ひびわれたゆび』高野由宇(『炭坑節(福岡県民謡)』)

 埼玉で工事現場で使うデッカイ暖房器具みたいなやつを積んで、千代田区の現場で怒鳴られながら降ろし終えたのはすでに正午近かった。工事現場で使う物を積むと車の中が埃っぽくなって咳が出始める。ゴホゴホしながら、コンビニでおにぎりとフライドチキンを買って、駐禁の緑虫を避けて停めたオフィス街の隙間で口に詰め込む。
 次は両国の現場からよく分かんない機材みたいなやつを感じの良い警備員さんにホッコリしながら回収して最初に荷を積んだ埼玉まで戻す。
 最後の現場は塗料で、埼玉の別の場所で積んだ一斗缶十缶を渋谷のホテルの建設現場に降ろして、若い街に見下されて十七時過ぎに終わった。
 コンビニでレッドブルとチョコレートのパンを買って運転しながら口に詰め込みながらブルートゥースを耳にさしてライ君に連絡する。
「おつかれー、今終わったよー、どんな感じー?」
 ライ君の声は心が痛むほど切羽詰まっていた。
「時間指定ぜっんぜん間に合わなくて、あれこれベルハイツ……じゃないのかな」
 すでに日は落ちている。マンション名や表札が見えなくて、配達先を見つけられない時は一軒一軒近くまで行って確認しなければいけない時間帯だ。
「何丁目? 何て人?」
「三丁目の、た、た、これ何て読むんだろ」
「あー分かった!」
 三丁目のた何とかさんが住むベルハイツはマップで表示される場所と少しずれた処に建っているアパートだ。
「そこ本当分かり難いよね、えーっと、今何見える」
「真っ暗で何も見えない」
 だいたいこの辺だろうと予想して看板や自動販売機を頼りに道案内をすると、ライ君はベルハイツを見つけられた。
「あと何個ぐらい残ってんの?」
「いっぱい」
「ああ」
「十六時指定がまだ残ってる」
「あー」
 走って車に戻っているのが、跳ねる声で分かる。
「分かった、じゃあ――」
 そっちに行くと伝えようとした時ボスから着信だという表示が出る。
「あー、ちょっとボスから電話だから、とりあえず終わり次第ステーション向かいます」
「分かったー」
「はーいごめんねー」
「ありがとうねー」
「はーい」
 すぐにボスとの通話に切り替える。
「お疲れ様でーす」

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