小説

『ワタシとソラと』藤元裕貴(『わたしと小鳥とすずと』金子みすゞ)

スズは結局、連絡があってから30分以上遅れてやってきた。相変わらずの声の大きさと、落ち着きのない騒々しさに、コトリが静かにと合図を送る。スズはおどけながら、ソファーに座る私の隣に腰掛けた。
「相変わらずうちの甥っ子はかわいいな」
「もうちょっとしたら起きるよ」
スズは嬉しそうに微笑み、ソラの頭を優しく撫でた。コトリは手際良くテーブルを片付けると、スズの分のコーヒーを入れ、私たちを手招きした。久しぶりの再会から、コトリとスズはお互いの近況を交わし合っている。話を聞くに、2人とも仕事もプライベートも順風満帆のようだ。
次女のコトリは、中小企業の営業事務をしている。大学時代から付き合っている彼氏と、休日に旅行をするのが趣味だ。どこかに出掛けては、土産を持って顔を見せに来てくれる。人当たりがよく、細かな気配りが出来る、優しい子。
三女のスズは、昔から好きだった服飾の仕事をしている。特定の彼氏はいないが、友人が多く、いつも忙しなく予定が詰まっている。気が向いた時にふらっと遊びに来ては、我が家のように寛いで帰っていく。自由気ままだか、どこか憎めない愛嬌のある子。
2人とも甥のソラを可愛がってくれる、可愛い妹達だ。

「姉ちゃんは、最近どう?」
スズの何気ない問いかけに、どう答えていいか、一瞬分からなくなった。
「特に何も、2人に話すような事はないかな」
そう言葉にした後でも、それは小さなシコリとして私の中に残った。最近の私、ソラが産まれてから、私の時間などあっただろうか。考えてもソラの事しか思い浮かばない。子育てをしているのだから当たり前の事、と思う反面、プライベートな時間がない事実を受け入れられない自分がいる。
コトリとスズは、楽しそうに会話を弾ませている。その背景に映る部屋をぼんやり眺めながら、この部屋はまさに、今の自分を象徴しているなと思う。
昔から家具を集めたり、インテリアにこだわるのが好きだった。結婚した当初は、週末に旦那と出かけては、インテリア雑貨を見て回り、好きな物を集めては部屋を飾った。ソラが産まれてからは、部屋はシンプルに、床にはクッションマットが敷かれ、成長に合わせて柵を置き、遊び道具が増え、気が付けば、ソラのための部屋が出来上がっていた。変わり果てたこの部屋は、物事の全てがソラを中心に動いている事を告げている。
「お母さんが生きてたらな」
つい愚痴のように漏れてしまった私の言葉に、コトリもスズも各々に母を思い、会話は母との思い出話へと変わっていった。

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