小説

『ワタシとソラと』藤元裕貴(『わたしと小鳥とすずと』金子みすゞ)

母はとても穏やかで優しい人だった。生来マイペースな気質だったのかもしれないが、何事にも動じず、全てを受け止めてくれる姿は、理想の母親像として私の中にある。そして同時に、子育てをしている自分が、その理想像にまったく近付いていない事がもどかしい。母から、穏やかで優しい所はコトリに、愛嬌のあるマイペースな所はスズが受け継いだ。私は母と、どこが似ているのだろうか。そう言う意味では、ソラも私と旦那に似ていないように思う。どちらかといえば、私たち夫婦は物静かな方だが、ソラは真逆の性格をしている。そしてその個性を穏やかに受け止める余裕が、今の私にはないのだ。見えないヤスリは、確実に私の神経を削り続けているし、もはや警鐘としての意味をなさない警戒音は、止まる事なく鳴り続けている。ソラのことは心の底から愛している。しかし、それとは別に、渇きに似たこの感情と、子育てに対する不安を、どう処理していいのかわからない。
母がいてくれたなら、話を聞いてくれたなら、微笑んで大丈夫と言ってくれたなら、叶うはずのない願いばかりが頭をよぎる。

「ちょっと、姉ちゃん聞いてる?」
スズの剣幕に我にかえると、少し前まで、楽しそうに会話していた2人は、母の思い出話の食い違いから、小競り合いをしていた。その内容が余りにもくだらなくて、懐かしさがこみ上げる。幼い頃は、私も含めてよく姉妹で喧嘩になった。その度に母は、私達から理由を聞くと、決まって同じ言葉をかけてくれた。あんなに聞いていた言葉だったのに、なぜ今まで忘れていたのだろうか。頭に浮かんだ言葉は、母が私に向けて語りかけているかのように、耳元で蘇った。
「あんた達、そうやって言い争ってると、母さんに言われるよ」
私の言葉にコトリもスズも、すぐに思い出したようだ。
「なつかしー。ママの口癖だよね」
「ほんとに、なんかある度に言われたよね。今思うと使い方が無理やりな気もするけど」
「母さんに言われると、不思議と納得してたよね」
「みんな違って、みんないいね」
私たちの声が揃う。それが可笑しくて、声を出して笑い合った。その笑い声に反応して、胸の中で眠るソラが目を覚ました。
子どもの感情は、思考という導火線のない爆弾のようなものだ。気付いた時には発火して、爆発を繰り返す。目を覚ましたソラは、コトリとスズがいる事、2人が楽しそうにしている姿に、声を上げて喜んだ。

「みんな違って、みんないい」
母は、この言葉を自分自身にも向けて、語りかけていたのではないか。子育てをしている今、そう思う。苦しい時も辛い時も、この言葉が母の支えになっていたのだろうか。私の中にある、見えないヤスリも警鐘も、すぐに消えて無くなる事は無いだろう。それでも今は、少しだけ心が軽い。
コトリとスズとソラが笑っている。その姿に自然と笑みがこぼれた。
ワタシと、スズと、コトリと、それからソラ、みんな違って、みんないい。

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