「咲菜は俺の宝だ。結婚して金の卵を産んでもらおうと思う。この年になって父親になるかもな」
微笑んでいるだけで何も言わない咲菜を俺はちらちらと垣間見るたび何故この若くてきれいな女がこんなくすぶった所にいるのかと不思議でしょうが無かった。
十時を過ぎたところで俺は立ち上がり酔っぱらったやっさんの肩を叩いた。咲菜がドアの外まで送ってくれた。外は気温が下がり息が白く見えた。
「ごめんね、やっさん酔っちゃって。また来て下さいね」
どうも、と俺は小さく頭を下げた。階段を降りる途中で咲菜がドアを閉める音が聞こえた。立ち止まりドアの方を振り返る。ダッフルコートの襟を立てて、今度来るときはやっさんのいない時に来てやるよ、と暗い気持ちが沸き上がった。
それからしばらくして工場で騒ぎが起きた。やっさんが受け持ったマネキンの仕上がりが悪すぎて顧客からクレームがあったのだ。会社の不機嫌そうな営業がやって来て現場での手直し作業にやっさんは連れていかれた。帰って来るのは夜遅くになるらしい。出て行った後、やっさんは最近色ボケしてんだよ、とみんなに言われているのを聞いた。
そのときだ。いつものあれが現れた。伸びていく豆の木の触手に誘われるように作業場を離れ事務所に向かった。俺は体調が悪いと工場長に嘘を言って午後から休みをもらった。まっすぐ帰れよと工場長に言われたが、あの触手に導かれやっさんのアパートに向かう。
アパートの前に立ちやっさんの部屋を見つめた。咲菜はいるのだろうか?いたからといって俺は何をしに来たのか自分でもわからない。そのとき後ろから声をかけられた。咲菜だった。
「あら、佐山さんどうしたの?こんな時間に。やっさん今日は遅くなるってさっき電話があったけど」
今日は午後から休みで偶然このあたりを通りかかった、と適当に言ってごまかした。
「買い物に行ってたの。ご飯食べてく?インスタントラーメンくらいしかないけど」
俺は小さくうなずいて、重そうなスーパーの買い物袋を咲菜から奪うように受け取り彼女の後ろから階段を上った。
咲菜がラーメンを作りながら後ろ向きのまま、この前はゴメンね、と言う。
「あの人、一人で喋っちゃって迷惑だったよね。無理に連れてこられて変な話聞かされてね」
俺は、いえ、と一言だけ答えた。昼のワイドショーを見ながら咲菜がつくったラーメンを二人で食べた。話すこともないから食べ終わった後も二人でしばらくテレビを見ていた。
でも俺はテレビなんか本当は見ちゃいない。見えているのはいつもの豆の木の触手が絡み取るように咲菜に巻き付いていく様だった。
「なあ、あんた何でやっさんなんかと暮らしてるんだよ?」
俺の突然の冷たい言い方に咲菜は少し驚いた。