小説

『逆立ち、たったそれだけのことが』もりまりこ(『双子の星』)

 なにげなく、カーテンを開くと、夜の空をすっと下降する放物線に似た曲線が光を伴いながら落ちてゆく。気がつくと、それは双子座流星群のなかのひとつの流れ星だった。スギナが硝子越しに見えるそれを確認したとき、ちいさくあっと息をのんだ。ガラス窓の冷たさは、冷蔵庫の卵ポケットに裸で入ってる冬の卵ぐらいの冷たさで。すこしだけ鼻先が触れると、夢とうつつがゆきもどりつつあるような気がする。今しがたみつけた星がいつまでも残像のように暗さに慣れた目に映っているから、同じ方向で同じ角度で星の光の跡をみているような錯覚に陥った。
 さっき喉から漏れ出た言葉にならない、ちいさな<あ>は、もうすでに忘れてもいいような記憶を思い出している自分を確認してしまったことに驚いてる
<あ>だったかもしれない。少し首を左右に振って星の在処を確認するけれど、それはどこにも見当たらなかった。
 願い事なんて、もうとっくの昔から思いつかなかったが、この頃見えるという双子座流星群という名前を大型電気店のテレビのニュースの中で耳にするたびに、スギナはあの頃の記憶が甦るような気がする。
 記憶の中身を覗いてみるとそれは、いつなくしてもおかしくないぐらいの大きさの植物の種のような心もとなさで。あの日々のほとんどは記憶の中から抜け落ちているのに、泥をかぶったような日常をいつも共にしてくれていた存在だけを酷く思い出す。

 この世の中には、自分に似た顔の人間が3人いるっていうけれど。スギナはそのうちの1人にはもう会っていた。
 中学の時の同級生の天野だった。
 小学校の終わりぐらいから、クラスのほとんどと関わることなく日々が過ぎていったが、中学にあがった時もまたそういう日々がやってくるものだと、倦んだ未来を想像していた。でもそれはすこし違った。じぶんもたぶんクラスの幾人かにも、それはある種の変化をもたらしたかもしれない。
 はじめて、同じ教室の天野を見た時。あ、あそこに俺がいるとスギナは思った。まるで俺じゃないか。どこからみても、若干身体のサイズにあわない制服を着て、冴えない髪型をして、所在なげに立ってるところなんて、まるで俺だ、と。
 天野は、なんか中途半端に俺に手をふって「やぁ」って言ったのを聞いて、
はじめてこれはドッペルゲンガーでもなんでもない、幻ではなく実在の男子なのだと気づいた。天野もおんなじように見えていたのか、挨拶を終えて数分後に、ものすごく遅れたリアクションをした。
 スギナ君って左目の下に黒子があるんだね。ぼくは右目の下。ほらね。
 ほんとだった。鏡の向こう側にじぶんが立っている時のような感じがした。
 思った以上に反応したのは、クラスの男子達で。みんなが、お前ら双子じゃないの? あやしいぃって囃し立てて口々に双子ちゃんとか、ツィンズとか呼び始めた。そういう記憶は残ってる。スギナが、廊下をひとり内履きの踵をふんずけて歩いていたら、足を上げた隙にクラスのボスポストを狙ってそうな奴が、スギナの踵があがった途端に、じぶんのつま先を入れた。つんのめりそうになった時、ヤツが呟いた。

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