小説

『胎児の夢』和織(『ドグラ・マグラ』『青ひげ』)

「本当に、君だけだ」
「でも・・・」
 自分が何の話をしているのかわからないまま、それでも彼女は、まだ何かを言おうとした。けれど、もうそれ以上、睡魔に抵抗することができなかった。
 数日、彼女は眠ってばかりいた。食事もろくにとらないので、どんどん痩せていった。心配で、男はその日、朝から彼女につきっきりでいた。熱もないし、ケガをした訳でもない。持病がないというのも、確認済みだった。男は不安で、何度も彼女の弱々しい脈を確認した。
「ねぇ・・・お願いがあるんだけど」
 目を閉じたまま、掠れた声で彼女が言った。
「何?」
「外に出たい。ここはもう、息が詰まりそう。あの、裏庭でいいから、連れてって。私が逃げるのが不安なら、お互いの手を、何かで結んで繋いで」
 男は、彼女を縛らなかった。彼女の足元はおぼつかず、男に支えてもらわないと歩けなかったからだ。久しぶりに風を受け、彼女は深い呼吸をした。それから、大きな庭に目を落とした。
「やっぱり、ここなのね。あなた、また同じことをしたんだわ」
 彼女は言った。まるで別人の口調だと、自身でも気づきながら。
「何・・・?何のこと?」
「ここに、いるんでしょう?5人が」
「5人?何を言ってるの?」
「あなた、家には私しかいないと言ったわ。じゃあ、ここしかない。これだけ広ければ、十分埋めることができる。5人の遺体を」
「・・・・・思い出したのか?」
「ええ。一度忘れてしまったけれど、思い出した。あなたが私を見つけたせいで。私、確かに夢を見たわ。その男は結婚する度に奥さんを殺した。5人も。その遺体を、6人目の妻に発見されてしまった。そしてすぐに警察に通報されてしまって、男は6人目の妻を殺し損ねて、警官に撃たれて死んだのよね」
 男は彼女の手に触れ、子供のような顔をした。
「仕方なかった。5人殺さないといけないって、言われていたから、ずっと。あいつが、言うんだ。声がしてた、頭の中で。1人目を殺せ。2人目を殺せ。殺せ。5人殺さないと、6人目には会えない。5人殺せ。6人目を手に入れろ。・・・・どうして君は、殺した5人を見つけるんだ?そうしないことが一番幸せなのに」
「気づいてないの?あなたは最初から、私に殺人を隠すつもりなんかなかったのよ。今も、あのときもそう。遺体のある部屋の鍵を、6人目の奥さんに預けておかなければ、扉が開けられることはなかった」
「でも、俺は、あいつとは違うんだ。人殺しが平気だった訳じゃない。殺したくて殺したんじゃない。君に会いたかっただけだ」

1 2 3 4 5