小説

『せめて別れ際だけでも美しく』ノリ・ケンゾウ(『列車』太宰治)

 オサム……、と口から泣きそうな声が出る。てっちゃん、僕ね、君のこと絶対忘れないよ、来世で必ず君を見つけるよ……、オサムがちょうど言い終わるくらいに、プルルルル、と列車のドアが閉まる合図のベルが鳴った。これで本当に、お別れだね……、言いながらオサムの顔を見ると涙が大量に流れてきて止まらなかった。涙でぼやけた視界の中で、オサムはいつものように優しく微笑んで、私がたまらず手を伸ばそうとした瞬間に、ドアがプシューと音を立ててしまった。列車がゆっくりと動き出し、私はその場で崩れ落ちて泣いた。終わった。終わったのだ。これで何もかも、私とオサムは終わった。すべての感情をこの場に置いていくように、私は嗚咽しながら涙を流し続ける。列車はだんだんと速度をあげようというところだ。だけれども、泣いてばかりではダメだとも思う。これから私は、新しい自分になる。私は変わる。綺麗さっぱりオサムのことは忘れて、強く生きる。涙を流すのは今日までだ。きっと素晴らしい人生が、私を待っているはずだ。列車の方を向き、手を振った。思い切り振った。もう二度と、彼が私の元へ戻ってこないように、力を込めた。列車はぐんぐんと、スピードを上げ……、上げ? 列車は出発した地点から数十メートル先を行ったところで徐々に速度が遅くなり、やがて完全に停止した。あれれ、一体何があったんだろう。と思いながら見ていると、今度は逆走して、とろとろと元の位置まで戻ってきて、それに合わせてというか、当然ではあるがオサムも目の前まで戻ってきた。戻ってきたオサムと目が合う。お互いぽかんとした顔をしていて、開いた口が塞がらない様子だった。それで間もなくドアが開くと、中からオサムがホームに降りてきた。え、なに? と声をかけると、いや、なんか……トラブルがあったとかで、電車が止まっちゃった、と言い、オサムは気まずそうに後頭部の髪の毛をいじりながら顔をしかめた。

 駅のホーム上にあるベンチに腰掛け、私たちは列車が動き出すまでの時間をつぶさなくてはならなくなった。私もオサムも、さっきのドア越しでのやり取りで、すべてお別れをするうえでの手続きのようなものを済ましていたつもりだった。もちろん、手続きと言っても、何か明確なものがあるわけでもないが、精神的な面で、なんとかお互いにわだかまりがないように別れられるよう、最大限の努力と配慮で、お別れの空気感を演出し、自らもその演出した空気感に浸ることで、悲しさ切なさにこの身を焦がしつつも、私とオサムとの出会いと過ごした時間を無下にするでなく酸いも甘いもすべて肯定的にとらえ、前向きにオサムとの関係に終止符を打つことができていたのだった。
 それで綺麗さっぱり終わってくれれば良かったものの、なんだろう、この締りの悪い事態は。横目にオサムを見ると、目が合った。オサムが私に向って微笑みかける。なんだか、決まりが悪いね……。うん……。
 それから何分か、さらに時間が経過していくが、いっこうに列車は動きだす気配がない。何のトラブルなの? とオサムに訊けば、車掌がアナウンスをした通りに言えば、体調不良のお客様がいた、ということらしく、よくよく見て見れば、少し遠くの先頭車両の方で、人だかりができているのが見えた。向こうで誰かが体調を崩して倒れているのかもしれない、大丈夫だろうか。

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