小説

『桃太郎をやるにあたって』真銅ひろし(『桃太郎』)

 なんなんだ、これは。
 最悪の空気が漂う。
 たかだか桃太郎を決めるだけなんだけど・・・。
 黒板には「桃太郎」と題名が書かれ、次に『桃太郎』『さる』『犬』『きじ』『おじいさん』『おばあさん』『鬼・数名』『森』と役名が順に並んで書いてあるが、誰がやるかは書かれていない。
 目の前には園児の保護者達が座っている。
 沈黙。
 事前に内容を知らせてはいたが、やはりみんな怪訝な表情をしている。いつもは皆さん笑顔で接してきてくれるけれど今日は違う。
「・・・。」
 果たして自分はこの保護者達を相手に話しを進められるのだろうか?あまりの緊張に呼吸が上がってくるのが分かった。
「本日はお忙しい中集まって頂きありがとうございます。」
 深々と頭を下げる。
 すべては波岡の保護者が原因なのだ――――――。

「どうしてうちの子が桃太郎じゃないんでしょうか?」
「え?」
「え?じゃなくて。」
 電話口で丁寧に反発してきた。
 原因はすぐに理解した。
 幼稚園で行う一年に一回行う出し物に関してのクレームだ。電話口の相手は波岡隼人の母親からだった。波岡の母親はいつも派手なブランドの服を着ていて、いつも上から目線で物を言ってくる保護者だ。
「うちに帰ってくると隼人が凄く落ち込んでいるんです。心配になったので、どうしたの?って聞いたんです。そしたら『鬼はやだ。』って泣くんです。どういう風に決めたのか教えて頂けませんか?」
「そうなんですね・・・。」
 まさかこんな事が起こるとは思ってもみなかった。6年程ここの幼稚園で働いているが、こんな事は始めてだし、ドラマかコントの世界だけだと思っていた。
 しかし、それは突然やった来た。
「あの、やりたい役を立候補してもらってるんです。それで手を上げない児童に関しては本人の意思を確認しながら残っている役をやってもらってます。」
「それで?」
「・・・すみません。それで、と言うのは?」
「隼人は手をあげなかったんですか?」
「はい。」
「隼人の意思を確認したんですか?」
「はい。」

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