小説

『赤ずきん』小町蘭(『赤ずきんちゃん』)

フリッツは自身の絶望的な運命を感じ始めました。しかしやはり更に大きくなった狼のお腹はゴロゴロと動いていました。
「まだ生きてるよ!」
 漁師を呑み込んだ狼は家に狙いを定めて歩き出しました。
「ようやくあの小僧だ。今日はフルコースだぜ。あの柔らかな坊ちゃんでデザートといこうか」
 フリッツは狼が自分の方へ向かってくるのを見ました。
「皆まだ生きているんだ。僕やるよ、あいつを倒すよ」
 フリッツはキッチンからナイフを取りました。
「狼が来たら、一、二、三、ヤーだ。来たぞ、よし、行くぞ、一、二、三、ヤー!」
 フリッツはドアを開けると同時に大きくジャンプしてナイフを振りました。ナイフは狼の喉を深く真っ直ぐに通りました。狼は仰向けに倒れました。狼は死にました。しかし大きなお腹はやはりまだ動いています。
「まだ生きてるよ!」
 フリッツはキッチンから鋏を取ってきて狼のお腹をじょきじょき切り出しました。そうしたらどうでしょう、狼のお腹の中から赤ずきんとアンナおばあさんと猟師の三人が出てきました。皆生きています。
「はあ! 苦しかったわ」
「赤ずきん!」
「あら、フリッツ、まさかあなたが助けてくれたの?」
「そうみたいだね、坊や。私は猟師なのに面目ない」
「フリッツがこんなに勇敢だったとはねえ! あたしはもう駄目かと思ってすっかり諦めていたよ。感謝しているよ、フリッツ」
 フリッツは照れ臭そうに笑いました。
「ねえ、赤ずきん、君は自分から狼に食べられたんだって?」
「そう言えるわね。だって狼が私を食べるのはもっともだと思ったんだもの。納得しちゃったのよ。そりゃ恐ろしかったけど。あら? いやだ、私目に涙をつけてる」
 赤ずきんは自分の記憶では今まで一度も涙を流したことがなかったのでした。フリッツはポケットからハンカチを取り出すと赤ずきんの涙を拭いてやりました。
「いいや、赤ずきんは泣いていないさ」
 赤ずきんは恥ずかしさを隠すように笑って、
「ありがとう、フリッツ」
 と言いました。
「でもね、私は確かに狼に負けたのよ。だから食べられて当然だったの。アンナおばあさんと猟師さんもそうだわ。けどフリッツ、あなたは勝った。あなたは勝者よ」
「赤ずきんの言うとおりさ。フリッツ君、君の勝ちだ。勝った君に今戦利品を用意してあげよう」
 猟師は狼の毛皮を剥ぎ始めました。
「あ! アンナおばあさん、私達お祭りの麦酒を持って来ていたところだったの。でも狼が全部平らげてしまったわ。アンナおばあさん、よければ今日は村に来て一緒にお祭りの麦酒を召し上がりません?」
「ありがとう、赤ずきん。でもあたしはここを離れるわけにはいかないのだよ。森を通る人がいつでも休めるように番をしていなくちゃならないからねえ。麦酒はまた今度持って来ておくれよ」
「そう、わかったわ。じゃあ、次は必ず」
「よし、戦利品は仕上がったぞ。皆で村へ帰ろう」
 赤ずきんとフリッツと猟師の三人はアンナおばあさんに別れを告げて村へと帰りました。村へ着くと子供達の乱れた髪や汚れた服を見て赤ずきんとフリッツの母親は驚きました。
「まあなんて姿なんでしょう。お前何があったの」
「ちょっと大冒険があったのよ」
「フリッツ、お前の服には血が付いているじゃないか。怪我でもしたのかい」
「ううん、これは僕の血じゃないんだ」
「そうなのかい? ああ一体何があったというの」
「私からご説明いたしましょう」

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