小説

『Gの恩返し』まいずみスミノフ(『鶴の恩返し』)

 と捨て台詞を吐いて飛び出していってしまった。
 翌日送られてきたメールには「さようなら」の文字。以降一切の連絡手段を失う。
 踏んだり蹴ったりである。
 アレお気に入りの茶碗だったんだぜ?

  ×  ×  ×

「の、ときのGです」
「…のときの」
 と言われてキッチンに視線を向ける。かれこれ一週間は経つ。依然そこには茶碗が張り付いており、彼女の執念がそうさせるのか一ミリも隙間はできていない。
「いや待ておかしいだろ! 色々! おかしいだろ!」
 我が家の座卓に長髪の全身黒ずくめの女性が楚々として座っていた。
 朝、というか昼おれが目覚めた時から彼女はそこにいた。「ぐっもー」と覗き込こまれ夢だと疑わなかったので二度寝した。それからまた1時間後「ぐっもー」が再びおれを待ち受けていた。身体中の細胞がアラートを告げる。さすがに三度寝を試みる勇気はなかった。「警察呼ぶぞ!」とは言えなかった。
 …美女はずるいぜ。
「じゃ、じゃああの中には何が入っているんだよ!」
 一方でパニックはパニックなので、自分でも「まずそれ聞く?」という質問をしてしまった。
 美女は切れ長の目を細めて少し呆れるように
「あの中に、何か入っている方がおかしいでしょう」
 といった。
「我々はごく僅かなスペースさえあれば抜け出せるんですから」
 ぐうの音も出ないほど正論である。
 そもそも論おれはあの中にGが捕らえられる決定的瞬間を目撃していないのだ。
「…それでそのGさんがおれに何の用だってのさ。わざわざ人間にまで化けて」
「結構すんなり受け入れるんですね…」
「失恋のショックから立ち直っていないからね。自暴自棄なんだ。大概のことは受け入れる」
「はあそいうものですか」
 Gさんはしゃんと背筋を伸ばしたまま言う。
「無論恩返しです。『あの時の◯◯』は十中八九恩返しだと決まっています」
「……」
 と言われて考えてみる。
「…でも恩、無くね?」

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