小説

『Gの恩返し』まいずみスミノフ(『鶴の恩返し』)

 父はそれを受け取ると眉をひそめた。大きな瞳がたかしを睨みつける。
「で、でも今日50メートル走で1番だったんだよ! …だからその」
 大きな手がたかしの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「だったらよし!」
 二人の顔がパッとほころぶ。
「得意なことを頑張りなさい」
 たかしは大きく頷くと、再び火の玉のように飛び出していった。
「車に気をつけなさい!」
 たかしの頭から飛び出た二本の長い毛が、返事をする代わりにひょこひょこと揺れた。
 続けてガラッと玄関の戸を開ける音がした。「ただいまー」と聞こえてきたので男の足は自然とそちらに向かう。

 ――だが玄関は無人だった。

 買い物袋が二つ、土間に転がっているだけだった。にもかかわらず彼は嬉しそうに話しを続ける。
「たかしと入れ違いだったな。…またあの子はひどい点数を取ってきたよ。だけど随分足が速いらしい。お前に似たんだろうな。え? どっちがって足が速いって方だよ。頭の出来はまあ二人に似たということにしておこう」
 はははと笑う。
 男はそっと両手で『ソレ』を包み込んだ。てのひらから長い触覚が二本とびだしていた。
 無人の玄関は無人というだけで、誰もいないわけではなかった。
 男は両手を顔の前に持ってくると
「おかえり」
 と口づけを交わした。

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