小説

『Gの恩返し』まいずみスミノフ(『鶴の恩返し』)

 脱ぎ散らかした衣服から取り出したのは缶ジュース。
 おれが彼女のために買った缶ジュースだ。
 ぷしゅっとプルタブを開ける音がやたらとクリアに耳に届く。G子は茶箪笥からグラスを取り出すと、なみなみと注いだ。「おー!」と子どもたちは陽気で素っ頓狂な歓声をあげる。
「みんな、この兄さんが買ってくれたのよ。ちゃんとお礼を言いましょうね」
「ありがとうお兄さん!」「ありがとう!」子どもたちの声が頭蓋骨の内側を叩く。
 彼らはたった一杯のコップを囲んで代わる代わる舐める。群がる。集(たか)っている。
 心のどこかで祈っていた。彼女がただの頭のやばい女であることを。哺乳類であることを。
「父親はどこの誰かもわかりません」
 G子は言う。
「ある日突然ここに押し入ってきて、わたしを抱くとどこかへ行ってしまいました。ええ、恨んでなんかいませんよ。繁殖行為ですから受け入れない理由はない。だからあなたも気に病む必要はありません。突然犯されることには慣れてるんです」
 おれはゆっくりと顔を上げる。
「わたし、あなたが思っているほど清純な女じゃないんです」
「…っ!」
 喉元まで出かかった悲鳴を、両手で無理矢理押し込んだ。
 先ほどまでこの腕の中にいた彼女の姿はなかった。柔らかな肌は、脂ぎった漆黒の甲殻に変わっていた。全長2メートルはあろう巨体がおれの前に立ちはだかり、異様に小さな頭がこちらを見下ろしている。六本足の付け根部分が複雑にうごめき、毛むくじゃらの前足で子どもたちの頭を撫でた。
 彼らは動じない。自分たちもその同類であるかのように、母親のおぞましい姿を受け入れ、じゃれる。
 しわがれて、しゃがれた声が言う。
「太郎さんキスしてくれますか?」

   ×  ×  ×

 少年は走っていた。激しい歩調に合わせて口の開いたランドセルが大きく揺れる。
 彼はとある一軒家に入ると、玄関ではなく直接庭先に向かい、やおら縁側にランドセルを投げ込んだ。
「ただいま! 行ってきます!」
 と踵を返す。
「待ちなさいたかし!」
 しかし背後からの厳しい声に、少年・たかしは条件反射的に動きを止める。振り返るとそこには白髪混じりの彼の父親が立っていた。
「算数のテストが返ってきたんじゃないのか? 見せなさい」
 とぼとぼと来た道を戻りランドセルからテストを取り出す。

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