小説

『四七人も来る』平大典(『忠臣蔵』)

「手打ち?」興奮状態である堀部の顔がさらに紅潮していく。「大石、てめえ、裏切りやがったな」
 一瞬の出来事だった。
 怒り心頭の堀部は、大石を担ぎ上げると、窓にぶん投げた。
 大石は派手な音を伴ってガラスを割り、視界から消えた。
 ここは三階だ。足元に破片が飛び散っている。
「うおおおお」狂犬は雄たけびを上げた。

 
 数十分後、積もった雪が解け始めている中、事務棟の前には、警察車両が一〇台、救急車が三台、報道機関の記者、学生や近所の人など有象無象が集まっていた。大騒ぎである。
 その中を颯爽と行列が歩いていた。
 結局、四七人は警察に連行されることになった。
 堀部が色部をボコしている様を見た職員が、もはやこれまでと通報したのだ。当たり前だ。前代未聞だ。
 犯罪者集団である行列は、一人一人が胸を張り、清々しい雰囲気を出している。一歩ごとに積もった雪がザクっと音を出す。
 筆頭は大石である。落ちた場所が緑地で無傷だった。
「やばいね、吉良ちゃん」
 シャツを引き裂かれて唖然としている吉良の隣に立っていたのは、徳田だった。
「徳田さん。……色部君が」
 徳田は白い息を吐きつつ、でっぷりとした丸い腹を摩る。「警備主任の色部君は残念だ。名誉の負傷だ。傷が癒えたら、酒でも飲ませんとな。……まあ、これで学長選挙もどうにかなる」
「へ」この期に及んで、何を言う。
「暴行事件なら、こっちに非はない。裁判でも勝てるし、むしろ被害者だしさァ。可哀想な僕たち」
「ふざけないでください!」
「まあ、吉良ちゃんにも軽く処分は受けてもらうよ」徳田は淡々と告げた。
「なにを」
「警備の監督不届きで、減給かな」聞いているうちに、吉良の顔が紅潮していく。「で、大学内のセキュリティを強化しなきゃいけないからな、……また予算取りが面倒になりそうだなァ」
 もう無理だ!
「こんな職場、辞めてやるよ!」
 吉良は力の限りに咆哮した。
 その声は、一帯に響き渡る。

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