小説

『デーモン笹ケ瀬の左眼の世界は』もりまりこ(『桃太郎』)

 だんだん近づいてきはる。
「ちわっす。あの桃さん?」
 桃さん?って呼ばれたことないから戸惑うけど、ええって返事。
「ぼく犬山猿貴志です。はぁめんどくさいっすね。桃さんもリストラ組? 俺もなんすよ。なんか電話かかってきて、チーム桃太郎に加わらないかって。ひまっすから別にいいっすよって答えて、つまんないすか? 俺の話」
 そんなことないよって答えようと思ってたらアフガン君急に距離を縮めてきて、ハグしてきた。逢ってみたかった桃さんにって囁かれて、すこしドキッとする。彼は帰国子女かな? っておもってるうちに、なんかあの桃、春日局をアフガン君にもあげたくて、身体を離したついでにひとつどうぞって渡した。でっかいすね。ぼく喰えるかな? 腹は減ってはなんでしたっけ?
 とかいってるうちにこんどは桃田猿団治君がやってきた。ぼくね、ずっと桃君の人形を集めてたから、あえてうれしー。ちょっと苦手なタイプかな? 人はよさそうだけど。自分の世界観まっくす全開ってな感じで。猿団治君はまっくすまっちょなのに、語尾はゆるかった。よくみると腕に樹脂でできた桃太郎のフィギュアをつけてはった。ただ身のこなし速そうって感じは伝わって来た。ヘアスタイルはないっていうか、スキンヘッド。よくわからないけれど猿団治君にも、桃をあげる。猿団治君、物を食べる時はお行儀がよいのか、ちゃんとベンチに腰掛けて味わった。<これ、もしかして春日局っていう品種の等級はきらきらですね。とてもすきぃ>すっごいマニア。あんど以外に落ち着いた反応。一度も甘いって言葉を発しなかったことに驚きつつ。猿団治君の知らない一面が面目躍如。しっかし変なメンツって思いつつとかいってるうちにまたさっきの女の人からの電話。
<みんなきた? 木地君がねだめみたい。あれからヒッキーさんになっちゃったとかでしょうがないわね。木地君みんなによろしくお伝えください。って。だから3人で行っちゃって。場所転送しといたから、よろしくね>

 ぼくらは3人で現場へと向かう。とりあえず、きらきら桃を食べ合った仲というところから始まり、チーム桃太郎が結成された。そして歩き始めた。やる気のないチームではあったが、気はそこそこフィットしていた。なんとなく、俺のことをないがしろにしてへんところが好感持てる。ていうか、意見を聞いてくれようとしている姿勢が会社員時代の俺にはなかったことやった。大体のところ気力なんてもんは、ほとんど体力なのやとみじかいサラリーマン生活で学んだ。
 しっかし。ま、鬼って誰やねんっていうこと。誰もいわへんけれど。本気で鬼つかまえようとかっては思ってもいないんやろうな。だって鬼なんてそこら中にいるんでしょ。世間は鬼ばかりとかちゃうの。みんなでだべりながら歩いてたら、オフィスは鬼だらけっしたよってアフガン君が言ったら猿団治君が、間髪入れずに入社一日目からもう、辞めたかったんですぅ。だからいつのまにか桃君のフィギュアを愛するように少しずつ現実逃避してたら、いつのまにかぼくのまわりを除菌シート持って歩く女子たちが増えるようになってきて。これは小中高ってつづいたあのパターンねって思ってたから、リストラされた時、もぅ天の声かと思いましたょ。

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